【サイン会】

【サイン会】

 

ハマとタマのコンビが6階の階段に並び始めてからすでに一時間。順調に列は進み、間もなく9階のホールエントランスに入る。開け放しのドアの向こうからポーラの「ありがとう!」「OK!」「ホント~!?」「うれしい!」などと元気な声が順番をせかす司会者の声をかき消すように聞こえてきている。


ポーラの敏腕マネージャーは怒っていた。


今、エプロン姿でファンサービスに夢中のローラの横には、黒服で黒いVRゴーグルのようにいかついサングラスをかけた、アメリカの3流シネマに出てきそうな、いかにもといったSP風の巨体のいかつい白人とごっつい黒人のペアがまさに仁王立ちしているのだ。

会場に居た予定外のその二人組を見たマネージャーは、はじめは会場か出版社側が用意した演出かと思って各担当者に確認したところ、うちの事務所の社長自らの手配だという。そこで事務所にいる社長に確認を取ったところ

『演出効果抜群でしょ!明日からのLAでの撮影とハリウッドのオーディションにも同行させるから!突然で悪いけど、上からの指示だからよろしく!』

と軽くあしらわれてしまった。もともと大手プロダクションから子飼いのタレントを引き連れて独立させてもらった小さなプロダクションだから、元の事務所から売れないタレントの営業として押し付けられたのだろう。最近は元力士や現役プロレスラーなんかのマネジメントもしているらしいので、こいつらもどうせそんなところだろうと納得した。・・・納得はしたが、挨拶しても『NO』名前を聞いても『NO』せめて【DCE】などという訳の分からないブランドロゴが付いたLEDがチカチカ光るような演出過剰のゴーグルではなく、普通の黒いレイバンのサングラスにしてくれないかと頼んだ時には『NO』さえ言わずうるさそうに手で追い払われたのだ。『これが怒らずにいられるか!』という内心とは裏腹に敏腕マネージャーは通常通りに淡々と現場を仕切っていた。


ハマは数々の有名作家がサイン会を行なってきた歴史ある会場をぐるっと見渡した。思ったより低い天井のホールはモザイク模様のカーペットが敷き詰められたモダンな作りで、ポーラがサインをしているテーブルや椅子も北欧の品の良いものであることが見て取れた。

そんな雰囲気を台無しにしているのが金属製のポールにロープで作られた迷路のような順路で、そこだけ一気に安っぽいテーマパーク感がして残念だった。

身長130㎝しかないハマはお気に入りの緑の帽子をうちわ代わりに仰ぎながら、やっとポーラが見える前の列まで来た。ここにきて、どう話をしたらいいか全然考えていなかったことに気が付いた。

「名前を書いてもらって、握手して、一人当たり30秒ってところね。どうしようかしら。こんなおばあちゃんの携帯番号なら受け取ってくれるかしら?やっぱり、【龍】の事を、係の人に止められるまで話せるだけ話してみようかしら?」

頭の中の考えが口に出ていた。

((ボクが話そうか?その方が早い気がするけど!))

突然話し出した猫のぬいぐるみに周囲の目が集まった。その途端黒い大きな影が2つものすごい勢いで近づいてきてハマの両脇に手を差し入れて、小さな体を軽々と持ち上げた。ハマを見つめる黒いゴーグルの縁の部分は安っぽいSF映画のようにチカチカと光が点滅している。そのままひょいと小さなおばあちゃんを持ち上げてチェーンを越えさせると会場の外へと運び出そうとした。


敏腕マネージャーは驚いて待機していた部屋の隅から飛び出して止めに入ろうとした。

取材のカメラがポーラからそちらにレンズを向けてフラッシュをたき始めた。

マネージャーが有名な『捕まった宇宙人の写真』のようになっている三人組の前に大きく手を広げて止まるように命令した。

SPはそれを無視して何でもないように軽く腕を振り払ってマネージャーを排斥した。


「ポーラさん!見える?私も見えるわよ!その子【マルコ】もこの子【タマ】も同じなの!【巽島】に来て!できるだけ早く!その子が消えちゃう前に!」

ハマはホールから連れ出される前にそれだけ叫んだ。

((ぜったいきてね~!))

タマも続いた。


ざわめく会場内に司会者の声が響いた

「いやあ、元気なおばあちゃんでしたね。熱烈なポーラのファンのようです。少しお外でお休みいただいて、あの方には後日こちらのサイン本をお渡しするように手配してもらいましょう。それではお次の方どうぞ・・・あれ?ポーラさん!?どうしました?」

めったに見せない真顔でポーラはオクターブ低い声を出した

「・・・見えるって・・【マルコ】が見えるって!・・それに見えた・・・あの猫ちゃん、本当は羽根がある・・・」

そう訳のわからないことをつぶやいてあとを追いかけようとしたポーラを倒れていたマネージャーが起き上がりしなに引き留めた。

「ポーラ、まだ終わってません」

「でもあのおばあちゃんが…」

「心配なのはわかりますが、外には係の人もいますし手荒なことはしないでしょう、大丈夫。後でゆっくりお話ししてあげて下さい。今はサイン会を終わらせることが先です。」

一瞬のうちに営業スマイルとオクターブ高い声を取り戻した。

「ウン、ワカッタ〜」

こうみえてプロ意識の高いポーラはおとなしく席に戻って何事もなかったようにサイン会を続けた。ただしちょっぴり急ぎ気味で。

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