【いざ東京】

【いざ東京】


DABADABADABADABA・・・・・・・


「間もなく都庁に着きます。」

インターホン越しに七朗太の穏やかな声が聞こえたので、ハマは後ろ向きに座っているシートの横の小さな窓から何とか前のほうを見ようと小さな体をうんとひねった。するとちょうど斜め前に、巨大な外国のコンセントがビル街から突き出たみたいな都庁が迫ってくるのが見えた。あれはほんの二時間前・・・


食堂のテレビで可愛らしいハーフタレントのお嬢さんが、『見人』にしか見ることのできない『龍』を頭の上に乗せて、「誰か~見える人いませんか~・・・」とその笑顔とは裏腹に明らかなSOSのサインに驚いたおトキさんとハマは、驚いて顔を見合わせた。

「ハマちゃん、ちょっとお使い頼まれてくれる?」

食べかけの『地元野菜のサラダ真鯛の湯引き添えゆずと粒マスタードのドレッシングで』からフォークを置いて、いつもはにこやかなおトキさんが珍しく真顔でそう言った。

「いいわよ、何を買ってくればいいの?」

ハマは疑問にも思わずそう答えた。

「あの本」

そう言っておトキさんが指さした先には『Pola.s kitchen』が食堂の100インチ大型液晶テレビの画面いっぱいに映し出されていた。


 慌てて院長室に戻ると、3人の『お使い作戦会議』が始まった。

「ハマちゃん、見た?あの子の『龍』は『金龍』だったわ。今現在、世界中でパートナーの所在が明確な『金龍』は2体だけ。そのくらい珍しいの。見た感じでは少し薄くなっていた。おそらくは一緒にいることはいるけどまだ『合龍』もできてない。このままでは、さらに薄く弱くなっていって『大きな流れ』に戻ってしまうわ。その前に本人に『龍』のこと『龍人』のことを説明して、どうするか決めてもらわなければならないわ。」

「わかった、行ってくる。やっぱり、電車より飛行機が早いわよね。でもいくら何でも午後二時から三時までの今日の『サイン会』には間に合わないわよね。明日もやるのかしら?テレビ局に聞いたら分かるかしらね」

若くして夫に先立たれ、戦争を乗り越え、二人の子供を女手一つで大学まで出したハイパーモガである。考える前に行動することが身についているハマはすでに行く気になっていた。

「それなら送りますよ」にっこり笑った七朗太は医院長室の上を指さした。


『Tatsumi Advanced Medical General Hospital』白い機体に赤十字とブルーの文字でそう書かれたドクターヘリはすでにメインローターが動き出そうとしていた。

「現在時刻一一時二五分。五分後の一一時三〇分に出発します。東京までの飛行距離291㎞・到着予定時刻13時30分およそ2時間のフライトになります」

 胸に抱えたヘルメットのヘッドセットから機長である七朗太の声が聞こえた。

「でも、ドクターヘリと医院長をこんなことで使って大丈夫なの?」

「平気平気。この1年間で緊急要請が来たのはたったの5回。こんな小さな島だもの救急車のほうが早いのよ。医院長先生が3時間くらいいなくてもほかのドクターがしっかりしてるから大丈夫」

「おトキさんはやっぱり来られないの?」

「う~ん。いろいろと制約があるのよね。それにうまくいったじゃない【タマちゃん】その猫型ロボットの中に入ってるからお話しできるわよ」

 さっき血を抜かれて単三電池そっくりの空の容器に注入したものをぬいぐるみの腹の部分のマジックテープをはがして取り出した電池ボックスに入れたら、驚くことにそれが自由に動いてしゃべり始めたのだ。

((ヤーコレオモーイイ、ネー、ハネつけてー!でも歩けるね))

あっという間に電子音から声に変わったタマが上手に喋る。

「じゃあ、ハマちゃん【タマちゃん】二人ともよろしくね。できればポーラ本人に来てもらえると助かるんだけど」

「わかった、説得してみるわね。あと、なるべくテレビに『龍』を連れて出ないように言うのね」

「そうなの、今詳しく話している時間はないけど、まずは『見人』あてのメッセージを公共の電波を使って発信していること自体がかなりの国際問題なの。」

ヘリのロータが回転数を上げ、それに負けじと大声で叫びながら二人は続けた

「さっきも言ったけど!七朗太はとんぼ返りで送るだけだから!ちょっとした知り合いに連絡しておくから!現地で合流してね!!」

「わかった!じゃあ行ってくるね!!!」


東京都庁第一庁舎は展望台のある45階202mが最上階ではなく実際は地上48階・高さ243mの棟が二つあり、その屋上部分の一方が「高層建築物等におけるヘリコプターの屋上緊急離着陸場等の設置の推進について」という通達により設けられたヘリポートになっている。その真上にホバリングして着地体制に入ったドクターヘリの窓から水色の作業着に蛍光オレンジのベストを着て、同じく蛍光オレンジのでっかいしゃもじのようなものを両手に持って大きく振っている都庁スタッフの姿が見えた。

「では、私はこのままタッチアンドゴーで帰りますから。頑張ってください。母と向こうで連絡待ってます。ヘルメットは脱いでおいといててください」

 言われたとおりにヘルメットを脱ぐと操縦席の七朗太がパイロットらしくミラーのサングラス越しに笑いかけながら右手の親指を立てた。機体の外側から派手なベストの係員が開けてくれて、ハマの130㎝の小柄な体をヒョイと抱きかかえて降ろしてくれた。

 そのまま専用のエレベーターであっという間に一回のロビーまで案内されて開放された。

ここからは一人で行かなくてはならない。

「まあ、つい何か月前までは都内で仕事していたのに、随分と久しぶりな感じがするわね」

((ハマ、早く行こう!))

急に元気になった【タマ】だが、さっきまで人間と同じように乗り物酔いしていたのだ。どうやら単三電池2本分という狭いところに閉じ込められるのも初めてなら、ヘリコプターのローターの発する人工的な振動の連続に【龍=流】である存在自体がまいってしまったらしい。


 緑の革バンドのお気に入りの金時計を見る。思いのほか早く着いて、現在13時13分。ゾロ目だ何かいいことがあるかもしれない。

新宿から『有翼堂書店』のある銀座までは東京メトロ丸の内線で駅8つ16分。銀座駅からは歩いて10分もかからない。すぐに連絡地下道に潜ったほうが近いのだろうが、時間もあるしせっかくの都会を楽しんでビルの間を新宿駅目指して向かった。

 都会ならではのつぎはぎの開発によって混乱極まりない駅前を抜け、小田急デパート前までたどり着いた。店内エスカレータを拝借してB1で降りると美味しそうなにおいが漂い始めた我慢我慢。JR西口を左に折れてGODIVAとみどりの窓口の間を抜け、上のメトロ食堂街ではなく下のメトロプラザに降りていく。左手の券売機で切符を買う。「200円!120円じゃなくなったのね」横を見ると外人ばかりだ。今時はSuicaやなんかのICカードやスマホをかざして改札を抜けていく人ばかりで切符なんて買うのは観光客か『おのぼりさん』くらいなものみたい。ハマだって通勤定期はSuicaだったけど、退職してすぐにズボンのポケットに入れたまま洗濯してしまい『Washed Suica』となり無残な最期を遂げたのだった。

改札の手前右側に『新宿中村屋』の小さな出店があった。

「人様に会うのに手ぶらで行くのもあれね。『中村屋』といえば『クリームパン』でしょう」ショウケースには季節のミニどら焼きが美味しそうに並べられているがここはやっぱり

「お土産用に『クリームパン』5個入りをくださいな」

((僕も食べたい!))

突然しゃべりだした猫のぬいぐるみに一瞬驚いた中年の女性店員は

「まあ、最近のおもちゃはすごいですね、中にコンピューターが入ってるんですか?」

そう聞かれて慌てておなかのマジックテープを開けて見せ

「そうなのよ、ほら、ここに電池が入ってるの!」

((ハマ~くすぐったいよ~))

困っているのが分かってて明らかにからかっている

しかし店員はそれで納得したらしく百十年の歴史のある『クリームパン』をテキパキと箱に詰めてご丁寧に紙袋にまで入れてくれた。

「お待たせしました。『クリームパン』5個で1100円です」

((僕も食べたい!))

「食べたいって、【タマ】は食べられないでしょ?」

((ハマが食べれば僕も美味しいと思うよ))

「あら、【タマちゃん】っていうの?実家の三毛猫と同じ。やっぱり『サザエさん』からとったのかしら?」

「そうね、じゃあもう一つ別に包んでもらえるかしら?」

1320円ちょうどをグリーンのポシェットから取り出した緑の縮緬のがま口から小銭だけで支払ってそそくさと改札を抜けた。


「また、急に話し出して!」

口元に持ち上げた猫のぬいぐるみに向かって小声でささやく。そう、さっき都庁を出たところで同じように急にこの猫型ロボット(ぬいぐるみ)はスイッチが入ったように活動し始めたのだ。

((あれなあに?))と新宿住友ビルを指さしたかと思うと

((こっちのへらべったいのはなぁに?))と京王プラザホテルへ顔を向けた。

「ちょっと!【タマ】あなたどうしたの?!」以前のように鈴のなるような声ではなく、いかにも猫っぽい『声』が、この白い猫型ロボット(ぬいぐるみ)の口から発せられている。おまけに多少ぎこちなくではあるが自動している。


そういえば、こっちへ来る前におトキさんが・・・


「単三電池を入れてスイッチオン!・・・あら?まだ動かないわね。でも『電流』も『龍』も『流れ』だから、そのうち【タマちゃん】の体そのものみたいに動かせるようになるわよ」と笑っていたっけ。

((このもこもこにゅっきりとしたのはなぁに?))

「コクン何とかっていう専門学校がたくさん入っているところ。」

((せんもんがっこうってなぁに?))

「専門学校っていうのはね・・・」

遅いお昼休みなのか、まばらに若い人たちがその繭から出てきている。その中の奇抜な格好をした女の子二人組がこちらを指差して何やら楽しそうに話している。かと思ったら、スマホを取り出しこちらに向けて写真を撮ろうとしている。インスタにでもあげられたら大変だ。

「【タマ】お願いだから、他の人がいるところで勝手に話さないで」

そういいつけるとぬいぐるみを隠す様にギュッと抱きしめて足早にカリヨン橋の階段を駆け上ったのだ。


丸ノ内線の改札を抜け、ホームへの階段を下りていきながら念を押した。

「【タマ】ちゃん、電車の中では絶対にお話はしないでよ」

((わかった))

ホームにつくと一番端で、次の電車を待つ人が数人並んで待っていた。なるべく人を裂けて3つほど先の車両の誰もいない乗車口前に並んだ。

「前はこんなホームドアなんてなかったのに。なんか世知辛い感じよね」

ハマが感慨深げにつぶやくと【タマ】が激しく前足を動かしてホームドアを指している。

「どうしたの?!」

周りを見渡し、ぬいぐるみを口元に近づけて囁いた

((あれ!))

何か小さいものが動く気配だけがした。

((ほしいって。目をつむって))

「欲しいって誰が?」

そう言いながら素直に猫のぬいぐるみのいう事をきく

一瞬の眩暈と共に眉間の間が熱くなり、【龍の目】が開く。

ホームドアが透けてなくなり、ホーム下の線路に1mはあるかという大きな灰色ネズミが驚いたような顔でこちらを見つめている。

))‥見えるの?いい匂い、美味しそう、それ、くれない?‥((

びっくりして目を開けると10㎝くらいのドブネズミが鼻先をひくひくさせてこちらをじっと見ている。【タマ】が何やら顔を向けて視線で会話しているようだ。ハマはもう一度目を閉じ【龍の目】を開ける

((…ふ~ん。ハマ、このこ電車にひかれて気が付いたら【龍】になってたみたい。ねえ、さっきの『クリームパン』あげてくれない?))

「あなたの分ならいいけど、いいの?」

((じゃあ、半分コしよ!))

ハマは再び目を開けて、新宿中村屋の手提げ袋から三角におられた紙包みを取り出し、半分に割って、周囲を見渡し、一番近くのサラリーマンが手元のスマホに夢中になっているのを確認して、目にもとまらぬ速さでそれを放り投げた。するとドブネズミが飛びつきくわえて一番壁よりの安全な場所でガツガツと食べ始めた。ハマが【龍の目】を開いて視ると、巨大な灰色ネズミが足元の『クリームパン』から何やら白いキラキラしたものを、食べるというより吸い込んでいるところだった。

「なるほど、『龍の食事』ってこういう事なのね。」

))‥ありがとね‥((

あっという間に『クリームパン』を平らげたドブネズミは、見かけによらぬ可愛らしい声でそう言って、ピンクがかった長い尻尾の先をチョロチョロっと振って荻窪方面へ消えていった。

((やさしいね、ハマ。僕も欲しい、ハマ『クリームパン』食べて!))

「子年生まれですものネズミに親切にするのは当たり前。ちょっと待ってね。」

ホームの一番線と二番線の真ん中にあるベンチに腰掛けて残りの『クリームパン』を頬張る。卵とバニラの香りがフワッと口の中に広がり、そういえばお腹が空いていたことを思い出させた。目を閉じて【龍の目】で視るとさっきと同じキラキラしたものがハマの口から入って胸の中央あたりからそのまま流れ出て羽根付き白子猫の【タマ】が大きく開けた口から吸い込まれていく。ハマが半分ほど食べている間に【タマ】の吸い込む方が早くなってしまい、直接『クリームパン』からキラキラを吸い込み始めた。途端にさっきまであんなにも甘くて美味しかった『クリームパン』が、まるで乾パンでも食べているように味気ないものに変わった。

「そうか、よくお仏壇にお供えしたものは味がなくなるっていうけど、こういう事なのね、きっと」

売店で温かいお茶を買い、席に戻って一口飲むとちょうどやってきた電車に乗り込んだ。

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