【巽病院院長室】

【巽病院院長室】


タツミホームの最上階は地下30mから引き揚げた天然かけ流しの温泉浴場になっていて、入居者以外にも入浴料金300円を払えば誰でも利用できるように開放されている。今日みたいに天気の良い日には、プールのように大きな混浴の露天風呂に観光客とおぼしき水着を着た若いカップルの姿もチラホラと見える。隣接する【巽先進医療総合病院】とは各階渡り廊下でつながっており、病院の最上階は院長室になっていて、空いた窓から微かな潮の匂いとそれより更に塩っ気の濃い温泉の湯気が風にのってふっと入ってくる。


「【見人】と【龍】は【合龍】して【対合】になる。【合龍】っていうのは最初の儀式【血分】のこと。【龍】は【流】でこの世を流れる大きな流れから波頭のように私たちの世界にときどき顔を出すことがある、そのとき【合龍】すると、実体をもつことができるの。だけど【合龍】できない【流】はまた大きな流れに戻る。」

「ということは、また生まれてくるの?」

「別の【龍】としてね。それに【合龍】しても永遠に存在できるわけではないの。」

「どういうこと?」

「【合龍】すると【龍】としていられるけど、パートナーは人間のままなので、パートナーの寿命がくれば一緒に消えてしまう。そういう人がほとんど。歴史上の偉人って呼ばれる人にはこのタイプが多いのよ。戦場で怪我したり、事故にあって流血してて、ちょうどそこが【龍穴】のそばだったりなんていうのが。けれど【合龍】してさらに【合一】すると、お互いだけで【流れ】の循環ができるので、この世界に実在し、留まることができる。人間は【龍人】となりそれ以降、身体的に年を取ることはない。ただし【合一】するためにはちょっとした儀式的なことが必要なの。」

と【シロちゃんのお部屋】から、この【巽病院院長室】に来るまでの間にざっとこんな会話があり、今はシンプルな白い布張りソファーに二人並んで腰かけながら、ハマはおトキさんから【龍】についての説明の続きを聞いていた。たまはといえば、すっかりハマの肩の上で香箱座りのまま眠りこけている。

「…『日本で一番古い龍』は黄龍。土をつかさどるの。

この国では人が住まなくなった家や空き地なんかはすぐに緑で覆われてしまうでしょう?赤龍の影響が強い土地では逆に砂漠になるし、青龍のところでは池や沼、湖などになるの。」

「でも、土の影響が強い方が砂漠になるんじゃないの?」

「土がなければこんな小さな島国、地球温暖化であっという間に海の底よ。」

「どういうこと?」

「龍の特性は幾本の螺旋が複雑に絡まりあってできているようなものなの、ちょうど生物でいうDNAの二重らせんのように。

一本はさっき言った本来の性質『木・火・土・金・水』これは五行としてよく知られている方、東洋で重きを置かれるのがこれ。

もう一本は陰と陽・闇と光で【黒龍】と【白龍】さらにこの二つとはまた別の調和の役割を持つ【金龍】の三種類。こちらは西洋で重要視される方。」

そしてもう一本はなんて言ったらいいか、まあ、その子の性格みたいなもの。これは『存在』する時の パートナーのイメージでほとんどが決まるの。

雷雲の中からぬっと出るイメージなら《雷》、火の中だったら《炎》、ネッシーやうちの【シロちゃん】なんかは《水》、または天使のイメージなら《癒し》や《愛》、悪魔なら《破壊》や《死》。そしてあなたの【タマちゃん】のように羽がある飛龍なら《風》や《天》の性質を併せ持つの」

「じゃあ、おトキさんの【シロちゃん】は《水》と《金》の【白龍】じゃない?」

「《水》と【白龍】は正解。《金》は違うと思うわ。だけどなんでそう思うの?」

「でも、さっきの【シロちゃん】の『お部屋』は金ピカだったでしょう?」

これを聞いたおトキさんは「あ、ハハハハハ」と大きな口を開けて笑ってからひとつ深呼吸して続けた

「あれは間違いなく純金なの。でもね、あれは何というか、その、所謂『龍の排泄物』みたいなものなの。昔から錬金術師がどんなに研究しても『金』は作り出せなかったのも無理はないの。この世の『金』はすべて【白龍】の『存在した証』なのだから」

「排泄物ってうんちのこと?!じゃあ【龍】は何を食べてるの?」

「実体を持った【龍】が肉体のある生物を食べることももちろんある。けれど、どちらかというと『実体は無いけど存在するもの』が生物でいう『栄養源』になるの」

「『実体は無いけど存在するもの』っていうと、仙人みたいに『霞』をたべるとか?」

「『霞』も水蒸気だもの。『実体』はあるわ。例えば『感情』というエネルギーや『魂』なんていう『生命エネルギー』を『食べる』というか『吸収』して流れに取り込むという感じかしら。」

「人が笑ったり・悲しんだり・怒ったりしたり、人が死んだら『金』が出来るっていうこと?!」

「簡単に言うとそうね。ただし、1gの金がたまるまで、相当な年月がかかることは確か。それにね、【龍】の性質によって『排出』される『物質』は全く違うの。【白龍】は主に人の『楽しい・嬉しい』などの『明るい正の感情』と安らかな死を迎えられた『幸せな魂』を『吸収』して成長するとともに『金』を『排出』する。【黒龍】は正反対に『怒り・悲しみ』などの『暗い負の感情』と恨みつらみ後悔などを持ったままの不本意な死を与えられた『不幸せな魂』を『吸収』して成長するとともに『石油』を『排出』するの」

「そういえば『石油』の原産国って、なんか血生臭いところが多い気がするわね。でも『金鉱』なんて呼ばれるところも結構争いがあったわよね」

「あれは、大体がもともとは『聖なる土地』としてあがめられて【白龍】が住んでいたところに侵略者が後から入ってきて血を流したのよ。それで【白龍】はそこに居られなくなって、引っ越してしまうの。だから『金鉱』は掘りつくすと無くなるけれど、『石油』は【黒龍】の住処だから、『石油』を巡って人々が争えば争うほど【黒龍】は大きくなり『石油』は増え続ける。ただし、『金』ほどではないにしても1gの『石油』ができるにはそれなりの時間と『負の感情』が必要だから、いつか底をつくときは来るでしょうね」

「もう一つの【金龍】は何を『吸収』しているの?【白龍】【黒龍】とは違う性質ってことは『実体』のあるものかしら?」

「ううん、『実体』のあるなしはそれを吸収した後の【龍の色】ではなく【龍の輝き】に影響してくるの。『実体のないもの』だけを吸収しているとその【龍】はキラキラと輝いて光を纏うようになる。反対に『実体のあるもの』を食べれば食べるほどその【龍】は影のように暗く艶が失われていって闇を纏う。特に『生身の人間』を好んで『吸収』するものは、禍々しい闇のオーラに包まれているわ‥」いつになくきつい口調でそう言った。

「‥それで、【金龍】はどちらかというと『自然』の『気』みたいのを『吸収』しているらしいの。よくはわからないんだけど、パートナーも何を考えているのかわからない、俗に言う『不思議ちゃん』タイプの人が多いみたい。ただし、同じ【白龍】のパートナーの私とハマちゃんが全く同じ人間でもなければ同じ性格でもないように、それぞれの【龍】にも当然それぞれの性格がある。そしてこの性格は、人間と同じように多種多様。一つとして同じものはないし、それぞれが一つだけとも限らない」

「輝きね。あなたの【シロちゃん】はピカピカだったものね。うちの【タマ】は真っ白だけどただそれだけだものね」肩の上に重さもなく止まっている『羽根付き猫』をまじまじと見つめながらハマはにっこりした「まだ、赤ちゃんなのね。あなたは何色になるのかな?」

「たぶん白いままで輝いてくるんじゃないかしら。あとはパートナーさん次第ってとこね。

たとえば、日本の『日本の一番古い龍』・守護龍は元は【白龍】の【黄龍】だけど、生まれつきの《土》と滝のイメージの《水》と穀物の豊作を祈願され続けて《木》と三つの性質なの。だから黄色と黒と青の混ざった青金色みたいな感じだったわ。」

「三つのイメージね。それならこの子も空を飛んで火を吐くみたいなこともできるようになるの?」

「ふふ、それはどうかしらね、まず空まで飛べるかどうかわからないじゃない。」

と耳より二回りほど大きいだけの翼を嬉しそうにパタパタしている子猫を見ながらそう言った。

「それはそうね。トワさんは『日本の一番古い龍』にはいつ会ったの?」

「ええ、最後に会ったのは今から一〇〇年ほど前。」

「えっ、もういないの?!」

「いるわ。明治に変わるとき京都から江戸へ 【龍】を移して東京にいた。」

「移すって、そんなに簡単にできるの?トワさんの『シロちゃん』だってあんなに大きいのに!もっと歳をとっているわけでしょう?」

「天皇と一緒に来たのよ。」

「どうやって?!」

「龍はね、パートナーと一心同体っていうのは言葉だけのことではないの。」

「どういうこと?」

「もう一度説明するわね。【龍】は唯一【相】の人間と【合龍】し大きな流れに帰ってしまう前に【合一】することでこの世界に『実在』し、留まることができる。本来【大きな流れ】の一部である【龍】は『実在』してもその『実体化』は曖昧で、パートナーの意志や想像力によって変幻自在に変われる【龍】もいる。人間の姿や、犬・猫などの生き物から、ぬいぐるみの中に入り込んだり、乾電池の中身をパートナーの血液に変えてその中に納まってみたりね。」

「あっ!じゃあ、後で【タマ】を入れてみたいのがあるわ。孫がくれた【ネコ型ロボット】一見普通のぬいぐるみなんだけど、動いたり喋ったりできるの。今時のAIとかで言葉や歌も覚えるらしいんだけど、ぬいぐるみに話しかけてる自分の姿を想像したらなんかぞっとしちゃって、そのままベッドの頭のところに置いてあるのよ」

「それはいいわね。で、【龍】はそんな感じ。一方でパートナーの人間は【龍人】となってそれ以降、身体的に年を取ることはなくなるの。よほどのことがない限りそれこそ永遠にそのままの姿でいられるけど…」

「おトキさんみたいに?」

穏やかに頷くその顔は、さらに若々しく見える。

「怖いけど聞いていい、あなた本当はいくつなの?」

当時のアラフォー・アラフィフだとしたら今の還暦は軽く超えているくらいに違いないはずだ。

「最初の頃は隠れて生きるのに精一杯で、最初に面倒を見てくださったお寺のご住職が亡くなる前に巽神社の神主さんに預けられ、その頃にやっと文字の読み書きを覚えてそのあと算術を習って、そのうちに、皆さんのお墓の享 没年から自分の歳を換算してみたことがあったの。あれからずいぶん経つのね。だいたいだけど今年で四桁。」

「(一、十、百、千・・・)あらあらあらあら私の方が年上かと思ってたけど、おトキさんたら随分とお姉さんだったのね。」

「お姉さん?!はじめて言われたけど、そうね。」おトキさんは顔をクシャッと嬉しそうにさせて答えた。

「そんなもんだから、すぐに顔が元の若さに戻っちゃうので、定期的に『逆美容整形』でシミ・しわ・たるみを作っておりますの、もうた~いへん」おどけて見せる笑顔の瞳の奥に【シロ】と同じ深い輝きが垣間見えた。

「でも、独りで寂しくなかった?」

「独りではなかったですよ。」

後ろから聞き覚えのある、よくとおる男の声がした。ハマが振り向くより早くその声の主がトワの横に立っていた。

「院長?!」

「こんにちは、目の具合は良さそうですね。」

「もしかして?」

さっき、医院長室なんてのに初めて入ったので、思わず部屋の中を見渡してしまった。サイドボードにはTVドラマで見るような高級洋酒やゴルフのトロフィーなどはなく、半分以上が英語で書かれた分厚い専門書が並び、部屋の壁には品のいい水彩画や書、古い巽神社の写真など、様々な額が飾られてあり、その一つに厚生労働大臣からの感謝状がある。


【 感謝状 巽先進医療総合病院 病院長 久後七郎太殿 】 


「そう、あの時、私が願ったのは、自分が助かる事ではなくて、七郎太の命。」

「おかげさまで、僕も母ほどではありませんが長生きさせてもらってます。」

「なによ、20か30かそこいら若いくらいで!」むきになったりすると余計に年齢が分かりづらい

「でもね【龍人】ではないので、『七郎太』さんは少しづつ歳はとってるの。」

「見た目は50歳くらいだけど、おトキさんと一緒ってことは1000歳だから、20年に一つ歳をとるということね。」

「ううん、それがそうでもないの。『生きる』事を願ったせいか、生命力に強く作用しているみたいで、成人するまでは逆に普通より早くて、5.6年でもうあの時の『三郎太』そっくりになって、それからはゆっくり。それでも、少しづつというより、その時代に一番生きやすい年格好になってるみたい。」

「じゃあ、若返ったりも出来るの?」

「それは【龍人】でもできないわ。【龍人】になった時点から年は取らなくなるけど」

「えっ、じゃあ私はずっとおばあちゃんってこと!?」

「まあそういうことになるわね。ただし見かけはそのままでも、体や力は随分と強くなる。病気やケガもほとんどしなくなるし、それこそ若くなりたければ本当の『美容整形手術』を受ければいいじゃない」

「ハマさんでしたら、いつでも無料で最新の『美容整形手術』をやらせてもらいますよ、もちろん『モニター』として」笑いながら院長は日に焼けた顔にキレイな白い歯を光らせた。

その日に焼けた顔をじっと見つめていたおトキさんが呟いた。

「・・・でも、もしかしたら【龍人】じゃないからできるのかもしれない。若返り」

「でしたら、短かった子供時代をもう一度やり直してみたいものですね。」

「でもね、院長先生。水を差すようだけど、今の時代の子供が生きやすいとは限らないでしょう」ハマが正論を述べた。

「それもそうですね、毎日のように嫌なニュースが流れますからね」

「私に言わせれば、子供を育てるのに必要なのは『愛』。その『愛』の必要総量の分配比率を『家庭』と『学校』と『社会』で最低でも100%以上与えられるようにしなきゃダメなの。私がもう少し若ければ、足りない分をすべて補えるくらいの『学校』を作り上げて見せるのに」とハマの教員時代の血が騒いだようだ。

「若くはないけれど、時間はたっぷりできるわよ。これからでも遅くはないんじゃない?さあ【ハマちゃん】と【シロちゃん】の運命のお時間です。お願いしますね、院長先生」

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