【龍見の間】

【龍見の間】


石段を下りきると少し広い空間に出た。先ほどまでの人工的な感じではなく、三人が手を広げられるほどのドーム状の鍾乳洞で、乳白色と飴色の入り混じったつらら石と石筍、そしてぬらぬらと光る石柱が今現在天井から流れ落ちている滝のようだった。

「すごいわね!ここにいるの?あなたの、その【シロちゃん】は?」

LEDランタンを天井から端まで見ようと上げたり下げたりしながらハマはおトキさんに尋ねた。

「いやいやここは、本来の【巽神社奥宮】の【拝殿】になりますでな。」

シロヒサは前の壁に近づき、地面から伸びた石筍が数本くっついてちょうど祭壇のように胸の高さで棚のようになっているその中央に【龍見笏】を差し込んで立てた。

「ほれこうして」ランタンを【龍見笏】の前に掲げるとLEDの白い光の束が笏の中央にはめ込まれた水晶に吸い寄せられて、水晶玉の反対から収束された一本の光線となって乳白色の壁の隙間に差し込んでいった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・

低く滑らかな地響きと共に奥の壁一面がどんでん返しに九〇度回転した。

巨大な岩扉が開くと同時に眩しい金色の光の乱反射と深い海のようなシンと澄んだ潮の香りが押し寄せてきた。目の前に広がる光景にハマは息をのんだ。手前の空間も広く感じたが、その何倍もある巨大な鍾乳洞のドームで奥は暗くて見えないほどだ。続く地面は岩扉の向こうで途切れて、すぐそこに水面が広がっている。この空間自体は地下にあるはずなのにどこからか幾筋もの陽がさして、瑠璃色からエメラルドグリーン・コバルトブルーが水底の白に反射して青い。そして、普通の鍾乳洞との違いは、ドームの内側の鍾乳石の表面が全て金色に輝いていること、そうまるで金メッキのように。

 ただ、ハマはその景色よりもはるかに驚いていた。それは

「この、ヒレというかお手てで扉を開けているのが【シロちゃん】!?」

今、ハマの目の前には前に社員旅行で行った【鎌倉の大仏】と同じくらいの巨大な生き物、例えるなら巨大な白イルカと太古の水生恐竜を足して二で割ったような感じの滑らかでかすかに光を纏った大きな【龍】。顔は二階のベランダぐらいの高さにあるが、はるか高くにあっても分かる、明らかに普通の生き物と違うのはその眼だ。目頭、目じり共に切れ長の眼瞼に大きなスイカほどのキラキラキラキラ輝く瞳、その瞳は見ていると目まぐるしく色が変わって実際何色なのか頭では理解ができなかった。さらに、頭部の両側にあるその眼のほかに、人間でいうところの眉間にもう一つやや小ぶりの同じ輝きの目が縦に開いていた。

「大きい…」

おもわず口から漏れた。

「いやぁ、やはり驚かれましたか。私もあの晩はそりゃあもう骨折の痛みも忘れて腰を抜かしたもんです。残念ながら、【龍神様】を拝見できたのはそれっきりで、今こうしておっても綺麗な地底湖があるばかりで」

手を伸ばせば【シロ】に触れそうな水際でシロヒサは心底残念そうな表情を見せた。どうやら、本当に見えていないらしい。

「ね、【見人】は自分の【龍】だけじゃなく、他の【龍】も見ることができるの」

「でも、八十年生きてきて【龍】なんて初めて見ましたよ」

「さっき自分で言ったみたいにニョロニョロッとしたのが【龍】だと思い込んでいたのなら、気づかなかっただけかも。【龍穴】は結構あるから。あとは、もしかしたら自分の波長に合った【龍】に出逢ってなかったせいかもしれないわね。【見人】っていうのは、たぶん、ラジオやテレビみたいにその【龍】固有の周波数に合わせられる人の事なんじゃないかなって私は思うのよね。さあ、みなさ~ん、ご挨拶しましょ」

ドーム内の入り江状の縁に沿って左側へ回り込むと一部だけが岬の灯台のある場所のような突出した急な崖になっており、歩いて登れるように道ができている。

それを登りきるとちょうど【シロちゃん】と目の高さが合った。


))トワ、そちらが?((


大きな鈴の音のような声が二人の頭の中で響く。やはりシロヒサには声も聞こえていないらしく、どこからか竹ぼうきを取り出してきて磨かれた岩扉の下を掃いてきれいにしている。

「【シロちゃん】こちらがハマちゃん。そしてこの子が【タマちゃん】」

「【シロちゃん】はじめまして、私がハマ、この子が【タマ】」

大きくて不思議な瞳に吸い込まれそうになって同じ自己紹介をそのまま繰り返してしまった。

 と、肩の上から【タマ】が羽ばたいて【シロ】の顔の正面に向かって飛んでいき、ちょうど第三の目のあたりに自分のおでこ(おそらくは第三の目)をチョンとくっつけた。

))シロ〜♪((

「あら偉いわね【タマちゃん】。ちゃんと【龍の挨拶】できたじゃない」

おトキさんはそういうと、自分も同じように【シロ】のおでこに自分のおでこをくっつけた。

ハマも内心おっかなびっくりで真似をしてみた・・・

「あれ?感触が何もない」そういえば【タマ】も存在は確かに認識できるけれど、触感がまるでないことに気が付いた。

「【見人】のままでは見えるだけなの。【龍人】になればちゃんと触れることができるようになるわ。ハマちゃん【タマちゃん】にちゃんと触りたいでしょ?」

おトキさんの楽しそうな視線にハマは即答した。

「そりゃあもう。『飼育届』だってあるんだから」

「じゃあ、決まりね!そうと決まれば、病院にレッツゴーっ!!!」

「病院って、また手術かなんかするの?!」

「ちがうちがう、そんなんじゃないから、【シロちゃん】またねー!」

ハマの手を引きもう岩扉をくぐって振り向きざまに【シロ】に声をかけた。

))トワ・ハマ・タマ、またね((

))うん、またね!(( 

パタタタタタタ・・・と二人の後を追って【タマ】が羽ばたいていく。

「シロヒサちゃん、戸締りよろしくねー!」階段の上の方からおトキさんの声が響いた。

「常盤様は相変わらずですな。私が子供のころから何一つお変わりがない。成長していないといった方がいいかもですが。」竹ぼうきを置いたシロヒサは見えない【龍神様】に向かってそういうと二礼二拍手一礼して【龍見の間】から出た。

))ほんとうに変わらないね、トワは((

シロヒサには聞こえてはいないことなど気にもせずにそういうと【シロ】は大きな前ヒレで岩扉をゆっくりと閉めた。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る