巽神社
【巽神社】
巽島中央南端の龍見ヶ浜(たつみがはま)に建つ一の鳥居から300mほど陸に上がった国道を横切ると二の鳥居があり真白い玉砂利が敷き詰められている。鳥居をくぐると右手に社務所、その先左手に手水舎があり、水の中から龍が現れて口から水を吐くという独自の形をしている。さらにその先、神門前で左右に道が分かれて右は【タツミーホーム】方面、左は神宮寺へとつながる細道になっている。
『縁結びの神』として最近人気のこの神社でも、早朝のこの時間にはまだ観光客の姿もない。
神門を抜けると国の重要文化財にも指定されている、檜皮葺の屋根に檜の太柱に無彩色の古社然とした社殿が建っている。中でも拝殿正面に掲げてある神額はかなりの年代物らしく、今の【巽神社】になる前の【龍見神社】と彫られており、装飾彫刻も、よくある「栗縁に唐草」ではなく、「波縁に波紋」と海に囲まれた小さな島の神社らしいデザインになっている。それからもう一つ変わっているといえば、上から吊るされた大きな鈴の代わりに、比較的新しい賽銭箱の横に台があり、巫女舞で使われるような神楽鈴が専用スタンドに2つ立てかけられていること。上からぶら下がる太い鈴の緒がないだけで拝殿前が随分とすっきりとした印象になるものだ。
おトキさんは二の鳥居前でさっさと電動車椅子を降りると、杖も使わず当たり前のようにスタスタと歩いていた。
朱塗りの軸から伸びた金色の心棒に三段、金の輪に上から3,5,7つの鈴が付いた、神楽鈴を振ってみる。シャンシャンシャンと澄んだ音が静かな境内に響き渡る。
「そういえば、この神社にお参りに来たの初めて。こんなに近いのになんだかこの一週間あっという間にだったから。」
そう口にしたハマはここまでの道中あまりのことに状況が飲み込めず一言も発していないことに我ながら気が付いた。
「お賽銭・・・」と小銭入れを出しかけてポシェットの中の【飼育許可申請書】に触れた
「これどうしよう。【飼育する動物の種類】のところ、【猫】と【鳥】どちらに丸を付けたらいいかしら、やっぱり両方に○した方がいいかしらね。」
))どっちでもいいよ♪((
「フフフ、やっぱりハマちゃんって面白いわね。それはいらないと思うわ。」
「えっ?項目にないから駄目ってこと?」
「そうじゃなくて、【タマ】ちゃんは、他の人には見えないってこと。中には見える人もいるみたいだけれど。さあ、神主さんがいらしたみたいよ、お参りしちゃいましょう。」
「見えないって、どういうこと?」
「少し長くなるけど、道々話すわね。」
社務所の方から玉砂利を踏む音が聞こえてきた。振り返ると白衣に白袴、白い狩衣に白烏帽子、白い浅沓という見たこともないほど真っ白な装束に身を包んだ白髪の小柄な神主さんがそこだけ古めかしい木製の笏を持って歩いてくる。
鈴を振ってしまった手前、慌てて二礼二拍手一礼で願いを口にする
「タマと一緒に暮らせますように」
))ハマとくらせますように♪((
「すべてうまくゆきますように」とおトキさんが続いた。
「おはようございます。常盤様。浄衣(じょうえ)の準備に手間取りましてな、お迎えできませんで申し訳ございません。」
「構いませんよ、急にごめんなさいね。シロヒサちゃん」
シロヒサと呼ばれた老神主は笏を胸におし抱くように深くお辞儀をした。
「常盤様には敵いませんな、私ももう七十二になりますが、さすがにちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしゅうございます。」
「あらごめんなさい、シロヒサ宮司さん」
「ハハハ、では、そちらのご婦人が念願の?」
話しながら、三人と一匹が拝殿の横を回り、立ち入り禁止の立て看板が目を引く古い柵を超えて本殿の横を抜けると、急にうっそうとした大木が立ち並ぶ細い山道が現れた。
その入り口には注連縄がピンと張ってあり真新しい紙垂が邪気の入るのを防ぐとともに、立て看板以上に関係者以外の侵入を無言で拒んでいる。
ここが【入らずの森】と呼ばれ、何代目か前の天皇も行幸されたという由緒ある森だ。
人一人しか通れない山道を宮司を先頭にトキ、ハマの順で登っていく。
「そう、ハマちゃん。本名は久後破魔子さん。一月一日生まれだから破魔の子。でしょ?」
「それが嫌でね、若いうち、特に尋常小学校から師範学校の間は名前を書く欄にはカナで【ハマ子】と書いていました。今でこそ、キラキラネームやなんやらで若い方には違和感がないようだけれど。」
「なんと!久後の血筋の方ですか!?それでご出身はこちらの方で?」
「いやいや、私は山陰の出です。私の祖父の代までは兵庫で播州三木打刃物の職人だったそうですが」子供のような宮司の素朴な様子の質問につられて素性を明かしてしまった。
「ねっ!久後で鍛冶職人。それだけでピンときちゃったんだ。」
「【シロ】様はなんと?」
「だから、今から合わせに行くの。ハマちゃんの【タマ】ちゃんと」
))シロにあうの〜♪((
名前を呼ばれて嬉しかったのか【タマ】が大きく一度羽ばたいた。
「ということは、すでに!?では今どちらに?」
ハマの左肩に止まっている?乗っている?【タマ】は、まるで空気のように軽いが、実際この羽根付き白子猫は宮司には見えていないらしい。
「本当に見えていらっしゃらないのですか?」
「はい、そりゃもう、まったく、影も形もわかりませんよ。」
「でもシロヒサさん。前にうちの【シロちゃん】が見えたことあったじゃない?」
「ハハハ、常盤様まだ覚えていらっしゃいましたか。若気の至りですよ。まだ先代の宮司、私の親父が現役だったころですから、もう半世紀前にもなりますかな。」
「あら、そんな前だったかしら?でも「見えたー!!!」って叫んだとか。」
「お恥ずかしながら、肉眼では、そうですな。あの時はまだ19の若造で、前の日に袴のまま自転車に乗っておったら裾が絡まって体ごと一回転、前転してしもうて、あばら骨を3本ほど折りました。まだ【巽島診療所】だった時分の医院長先生だった常盤様が、余りの痛さに脂汗をかいている私を見かねて医療用のモルヒネを打ってくださったのですが、包帯でがっちり固定されたまま横になっていてもズキンズキンと疼く痛みに、ついそこにあったお神酒に手が伸びまして、いつもなら一升酒もなんてことはないのですがその時はコップ一杯で妙にご機嫌になってしまって。気が付いたら、この【龍見笏】を持ってここに来てました。」
楽しそうに一気にそう言ってシロヒサが掲げた【龍見笏】は普通の笏とは違って、本体の中央に大きな水晶がはめ込まれ、持ち手の部分には何かの透かし文様がびっしりと彫り込まれていた。
ハマは、前を行く二人の会話の意味が分からず、ただ転ばぬように足元に気を付けながらついて来たが、前の二人が止まったので顔を上げた。
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