第6話 空色の鳥
第一次調査隊が持ち帰ったのは、美しい鳥の死骸。
それは春の空のような羽を纏っていた。
◇◆◇
その場所は、数か月前まで誰にも知られていなかった。
今時この世界に、人の訪れたことのない地など本当にあるのか。最初に話を聞いた時は私も眉唾に思ったものだ。
けれどそこに行くまでの苦労は途方もなく、なるほど前人未到の地だと納得できる。
熱帯の木々に覆われているため空路は使えず、もちろん道もない。大きな荷物を背負ってジャングルに分け入り、難所を避けながら三日。そこから今度は鍾乳洞に入る。数時間歩いた先にある地底湖に潜って危険な水中洞窟を抜けるとようやくその楽園へと入ることを許される。
オロボスと名付けられたその場所は、複雑に絡み合った木々が空を隠すドーム状になっている。所々大きな木が柱のように立っているが、他の場所のように地面を覆いつくす蔦や灌木はほとんどない。土がむき出して畑か球場のようだ。
最初に訪れた調査隊はこの場所を確認してすぐに引き返した。こんなに奥地に来る予定がなかったので装備が心もとなかったからだ。
その時調査隊が手に入れたのは、いくつかの珍しい植物と空の色をした鳥だった。
雀ほどの大きさで、青と白の羽が入り混じってとても美しい。
調べてみれば、すぐに新種だと分かった。研究用に保管する必要があったのに、ぜひ買い取りたいという人が幾人も現れて高値がついた。
その後結成された我々二次調査隊は、十分な食料と装備を持って来ている。ここで珍しい動植物を生きたまま採取するのが目的だ。
ドームは広く、太陽は見えないのに木漏れ日や反射光が拡散して明るかった。ドームの柱となっている何本もの巨大な木は、伝説の世界樹もかくやという雰囲気を持っている。その枝葉が全天を覆いつくしているのに、見上げれば空があるのだ。
いや、空ではない。
遥か高いところにある木の枝々には、数えきれないほどの鳥。鳥。鳥。
空の色をした鳥の群れがいる。
着いて早々の発見に私たちは色めき立った。
オロボスは広く、全域を歩き回って調査するには何日かここに泊まる必要がある。私たちは中心に近い一本の大きな木の根元にテントを張り、キャンプの準備をした。
腕時計が夕刻を示す頃にはドームの中も徐々に暗くなり、今度は地面が淡く青い光を放ちはじめる。土ばかりの地面と思っていたのに、よく見ればあちらこちらにヒカリゴケが群生している。それも今まで見たことのない種だと思う。
本当にオロボスは固有種の宝庫だった。
簡単に食事をとり、交代で寝る。どこに危険な生き物がいるかわからないが、隠れる場所があまりないので見張りは難しくはなかった。
起きている間、みんな興奮して今日の発見について語り合っている。
ああ。
今思い返してもやはり、素晴らしく美しい夜だった。
異変は夜明けに始まった。
数羽の空の色の鳥が地面に舞い降りて、可愛いダンスを始めたのだ。とんとんと足踏みするように、整列して歩く。とても可愛らしい行進だった。
珍しい行動だったから、鳥を捕まえようとする隊員を止めてしばらく観察を続けることにした。
鳥は私たちのテントの周りをぐるぐると歩いて回る。そして上から降りてきた鳥が行進に加わり、しばらくするとダンスの輪のようにテントが取り囲まれていた。
まるで奇妙な儀式のようだ。
違う。
儀式そのものなのだ。
鳥たちはタイミングを合わせてステップを踏むようにぴょこぴょこと歩く。その数はどんどん増え続けて、私たちを取り囲む輪は何重にもなった。天井は暗く深い緑になり、空は今や地上にある。
鳥たちの輪はあたり一面を覆いつくした。その足踏みは小さな振動となって地面に伝わる。
これはいったい何のための儀式なのか。
鳥の習性を学んだことがあるなら気付くかもしれない。ここにきてようやく隊員の一人が気付いた。
鳥が地面をとんとんと踏み歩くのは、餌となる虫を誘き寄せるためだと。
そして今、この広いドーム内の地面を覆いつくすほどの鳥が食べる虫とはいったい……。
足元にドンと何かが当たるような振動があった。振動は地面の奥深くから、だんだんと地表に向かってきているようだ。
逃げなければ!
そう叫んだのは誰だっただろう。
時すでに遅し。
地を空色に染めて渦を巻く鳥たち。その真ん中、ぽっかりと穴のように地面がある。私たちは穴の底に囚われていた。
規則正しく渦を巻いて歩きながら、鳥たちは一羽のこらずこちらを見ている。
そして足もとではだんだん大きくなる地響き。
逃げようと青い渦に一歩踏み込んだ隊員は、あっという間に飲み込まれた。
悲鳴はすぐに消える。
すさまじい数の鳥がいるのだ。隊員が暴れて何匹か踏みつぶしたところで、渦の勢いが衰えるわけもない。
下を見れば、地面にひびが入り始めた。
この鳥たちの食欲を満たすには、私たちでは全然足りない。
ここには、もっと大きな何かがいる……。
地面は割れ、人の胴より太い巨大ミミズが顔を出した。
何匹も。
こんなに大きければその顔も、凶悪な口もはっきり見える。土を削り何でも飲み込んで溶かしてしまう、大地の色をしたミミズ。地上にその巨体を出したミミズは、鳥たちを食おうと襲い掛かった。
鳥も一斉に襲い掛かる。巨大ミミズに。そして私たちに。
大地の色と空の色が、私たちを巻き込んで入り混じる。
私の命はどちらに飲み込まれるのだろう。
大地か、空か。
飲まれまいと抵抗を続ける体に、青い空が覆いかぶさってきた。
【了】
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