第22話 公園のイチョウの木

 猫が長生きしたら妖怪になるとか言うけれど、木も長生きしたら妖怪かなにかになるのかもしれない。

 例えばうちのすぐ近所にあるイチョウの木。

 樹齢300年近いという巨木だ。とにかく昔からそこにあって、そのイチョウの木を守るためにその周りが公園になった。

 その名も、どストレートに『イチョウ公園』。

 地元の目印だし、とにかく大きくて枝ぶりも見事だ。だから地域の人には愛されている木だと思う。

 ところがある時、そのイチョウについて市に苦情が寄せられた。


『秋になるとイチョウの葉が落ちてきて迷惑なので切ってください』


 どうやら公園に隣接している家の人らしい。仮にAさんとしておこう。Aさんは家の庭に飛んでくるイチョウの落ち葉にとても迷惑しているらしい。

 とはいえそのイチョウの木は市の天然記念物にもなっているので扱いが難しい。そもそもその家が建つずっと前からあったんだし。

 けれどAさんは引かなかった。何度も市役所に行き、受付の職員を捕まえては長時間訴える。ビラを作ってあちらこちらに貼ってまわる。ネットでイチョウの落ち葉がどんなに厄介かを訴え、署名まで集めた。

 騒ぎがそこまで大きくなると市も対応せざるを得ない。


 もちろん天然記念物だから、市だって簡単に伐採するわけにはいかない。

 そこで市から委託された業者が、普段よりかなり大々的に剪定することになった。イチョウの葉が散り始めるより前、夏の終わりごろに公園にクレーンが来た。

 普通だったら剪定の時期はもっと寒くなってからで、夏に大掛かりに枝を落とすようなことはしない。だが今回は安全のためという名目で、季節外れの剪定作業だ。

 20m近くあった木は、半分くらいに切られて、枝もほとんどが落とされた。丸坊主になったその姿はまるでトーテムポールみたい。

 Aさんはその結果にある程度満足したようだ。

 ある程度……。

 ある日公園を通りかかったときに気付いたんだが、上半分を切り落とされたイチョウの木のてっぺんに銀色のバケツがかぶせられていた。

 道行く人も不審げに見上げている。


「なにあれ」

「バケツ……だな」

「それは見ればわかるけど、なぜあそこにバケツがあるの?」

「さあ。Aさんじゃない?」


 詳しくは知らないが、バケツはAさんの仕業だった。イチョウの木の先端から枝が出ないようにすれば樹高が抑えられて自分の家に落ち葉が入らないだろうと。

 結局市の職員はAさんをあしらうのが面倒になったのか、バケツはそのまま放置された。


 残念な見た目になったイチョウだが、枯れることなく無事に春に新しい枝を出し始める。どうなることかとみていた付近の住民も、Aさん以外はみんなホッと安堵した。


 しかし思うんだ。

 イチョウはかなり怒っていたんだろうなって。


 天辺にバケツを乗せたまま、その周りの新芽はすごい勢いで上に伸びていった。元々の20mまでには届かないが、15mくらいかな。普通だったら横に広がるはずの枝が全部上に向かって伸びていく。トーテムポールはいつの間にかろうそくのような形の木になった。春から夏にかけてのほんの三か月の間のことだ。


 不思議なことに天辺のその炎の部分だが、Aさんの家に向いた面だけが、枝が伸びずにぽっかりと穴になっている。だからAさんの家の方角からはその中がよく見えた。

 ろうそくの炎の内側は空洞になっている。そして天辺に乗せられていたバケツはいつの間にか枝の一つに持ち上げられて、ろうそくの炎の真ん中で宙に浮いていた。

 まるで鐘のように。

 だから風が吹くたびに、ガランガランと大きな音を立てるのだ。そしてその音は、穴のあいた方角、Aさんの家のほうにだけ響く。


 家に降ってくる落ち葉はずいぶんと減ったらしいが、その代わりにAさんは騒音に悩まされるようになった。

 もちろんAさんは今も苦情を訴えている。

 けれど今度は誰も相手にしなかった。

 だってたぶんイチョウの木が見てるから。


【了】

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