第16話 あけまして おめでとう ございます

 大晦日の夜、天上では神々が眠い目をこすりながら穴の周りに集まってきた。

 足もとの雲は厚く、地上と天上を区切っている。その所々に丸い穴が開き、地上の様子が垣間見えた。


「今年ももうあとわずかですなぁ、佐藤命さとうのみことさま」

「すぐに年を越しますぞ、鈴木命すずきのみことさま。そのような感慨に浸れるのは今だけ」

「おや、佐藤命さまに鈴木命さま。今年はこちらにて年越しなされますか」

「これはこれは、山田比売やまだひめさまではありませぬか。ええ。ここは毎年願い事が多いですから」


 神々は地上からの願い事を受け止めて、浄化してはまた地上に降らす。

 神の手によって少しだけ輝きを増した想いを受け止めて、人はそれを活力にする。

 希望の循環こそがこの世の理だ。


 願い事はその想いの色に染まった玉となって、雲の切れ目に開いた穴から天上へと届く。そして一年で一番たくさんの願い事が上がってくるのがお正月だった。

 その瞬間を見逃すまいと、自然と神々の視線は穴に集まる。

 そのうちに、地上から人々の声が微かに届いてきた。


『10、9、8、……』

「いよいよですな」

「ええ」

「どんな願いが上がってきますかな」

『……3、2、1、おめでとうございますぅーーーー』


 微かに聞こえたおめでとうの声とともに、ポーンと赤い珠が穴から飛び出して高く舞った。これが今年の最初の願い事。

 それを皮切りに、穴からはポンポンと色とりどりの珠が吹き上がってくる。

 紅白、緑、金に紫、黒や桃色。

 人の想いは千差万別でどれも美しい。それらが珠になって穴から次々に飛び出してくる光景は毎年のことながら壮観だ。


「あけまして、おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 其処ら中でわーっとおめでとうの声が上がり、神々は珠を手に取っては願い事を受け止める。

 佐藤命さとうのみことも黄色い珠を一つ手に取った。


「志望校に合格しますように。そうか。風邪をひかぬようにして頑張るのだぞ」


 佐藤命の言葉を受けて珠は弾け、黄色い光の欠片となった。欠片は足元に降り注ぎ、雲を染める。あちらこちらで珠が弾けて、瞬く間に雲が虹色に染まっていく。


 次の珠を取ろうとして、佐藤命は同じように手を伸ばす鈴木命と目が合った。

 ――これからが大変ですぞ。

 ――今年も忙しい一年が始まりましたな。

 目で会話してから、すぐに珠へと気を向ける。

 天上のあちらこちらで、いつまでも美しい欠片が雲に降り注いでいた。


【了】

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