第13話 大掃除

 十二月二十九日は家族全員で大掃除をする。

 それは私が生まれる前からずっと、我が家のルールだった。


 正直めんどくさい。

 もうすぐ高校受験で勉強するのに忙しいし、たまには休憩時間にゲームだってしたい。掃除をする時間が惜しいのだ。

 そんなことをブツブツ言うのも恒例行事だったりする。


 今年の私の担当は風呂場。

 浴槽とかは毎日掃除しているから、実はそんなに頑張らなくてもいいし楽勝。一応いつもはあまり気にしていない所を、ほんの少しだけ念入りに洗うことにした。

 鏡の横にある棚の小物を整理して、最近使っていない物を選び出す。

 可愛くて買ったマグネットの飾りは裏を見たら錆びてるし、気に入ってたボディーブラシも古くなった。

 まだ使うかもしれない。そう思って捨てるタイミングを失ってた物たち。それらを洗面器に入れて、捨てていいかどうかキッチンにいるママに聞きに行った。


 ママは掃除の手を止めて洗面器の中を覗き、一つだけ手に取った。

 水色の、安っぽい壊れて止まっている時計。


「ああこれ、電池を入れるのを忘れてたわね」

「もう壊れてるんじゃない? 数字も取れてるし」


 アナログの防水時計はプラスチック製で、どうみても百円ショップで買ったような安物にしかみえない。しかも文字盤の数字のところにギザギザの穴が二つ開いている。


「捨てたら?」


 私がそういうとママは首を横に振って笑った。


「その穴はパパの仕業なのよ。それにきっと、電池を入れたら動くと思うわ」


 ママが電池を持ってきて入れ替えると、時計はカチカチとうるさいくらい音を立てて動き始めた。壊れてなかったのか。


「この時計はまたお風呂に置いとこう。他は捨てましょうか」

「はーい。でもパパの仕業って?」

「それはね」


 ほんの少しの沈黙。

 そしてママは、昔を思い出そうとして宙を見ながら口を開いた。


「この時計ね、パパとママが結婚したころに貰ったの。どこだったかな、ガソリンスタンドの景品か何かよ」

「安物じゃん」

「そうそう。だからパパもこんな悪戯いたずらができたんだと思う」

「ふうん」

「まだ由美ちゃんがママのお腹の中にいた頃のことなんだけどね。一回流産しかけたのよ。その話はしたことあったっけ?」

「うん。危なかったけど助かったって」

「そうそう。あの時は心配したけど、こんなに大きくなったわねぇ」

「で?」

「一週間くらい入院して、帰ってきたらこの時計がこんなふうになっちゃってた」

「パパが?」

「そうそう。無理やりこじ開けて、4と7をカッターで切り取って。おなかの赤ちゃんとママが『47無い死なない』ようにって。しょうもないギャグなんだけど」


 あははって笑って、ママは時計を持って歩き出した。


「意外と壊れないから、捨てられないのよねー」


 ママの楽しそうな声が風呂場のほうから聞こえる。

 私も大掃除の続きをしようと、ママを追いかけた。


【了】






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