第14話 手に穴が開いた

 ある朝、目が覚めて顔を洗おうと思って気付いた。

 右の手のひらに穴が開いている。

 十円玉は通らないけど一円玉ならもしかしたらこぼれ落ちるかもしれない。結構大きくて存在感のある穴だ。いや、そこには肉も骨も血管も存在してないから穴なんだが。


 指を突っ込んだら通り抜ける。

 水を汲もうと思ったら零れ落ちる。

 でも痛くはない。

 血が出ているわけでもないし、動かすのに支障もない。

 せいぜい顔を洗う時に困るくらいだろう。

 つまり今まさにその、困る状況なのだった。


 苦労しながらどうにか顔を洗って、今日は会社を休むと決めた。

 朝食を作っている妻に手を見せる。


「これみて、穴」

「あら」

「それだけ?」

「今忙しいの」


 最近妻が俺にそっけないような気がする。心当たりはあるけど、今はそれどころではないのに。

 俺はもっと話そうとしたが、妻は支度を済ませるとさっさと仕事に行ってしまった。

 仕方がないから妻が作ったものを適当に食べて、一人で病院へと向かう。


 総合病院に来た。いったい何科にかかればいいのか、少し迷う。

 穴が開いているから外科か。もしくは皮膚科?内科と精神科の可能性も捨てがたい。


「穴ですね。ではまず形成外科へ行ってください。場所はこの廊下を左に行った突き当りです」

「わかりました」


 全然驚いたりせずに普通に案内される。なるほど、よくあることなのか。

 形成外科の先生はまだ三十代だろう。若くて美人で胸も大きい。ここに通うのも悪くないかもしれない。


「この穴ですか。右手ですね。よくみせてください」

「はい」

「痛くはない?」

「全然痛くありません」

「物が通り抜ける?」

「はい。顔を洗う時に水がこぼれます」

「なるほど。ほかに穴のあいた場所はありますか?」

「いえ。あの、珍しい病気なんでしょうか」

「大丈夫ですよ。病気じゃありません」


 安心させるように俺の目を下からのぞき込んで、にっこりと笑った。

 これは脈ありかもしれない。

 先生は机の引き出しを開けると何か模型のようなものを取り出した。


「その穴は呪いですね」


 先生の手にあるのは藁人形。


「ひゃっ」

「あ、大丈夫ですよ。これは模型ですから。案外あるんです。手とか足とかに釘を打たれたりすると、そこに穴が開く現象」

「呪われているんですか。もしかして……俺は死ぬんでしょうか」


 いったい誰が俺を呪っているんだ。


「いえいえ、大丈夫ですって。今までに呪いで死んだという症例は発表されていません。多少不便ですけどこのまま放っておいても大丈夫ですよ」

「そ、そうなんですか」


 もしかしたら妻が……。


「見た目が気になりますが、手だったら手袋、足なら靴下でカバーしておけばいいと思います。どうしてもと言われたら外科的に形成手術もできますが、呪いが解けた時に若干引き攣ったりすることがあるのでお勧めはしていません」

「わ、分かりました」


 このまえから俺の浮気を疑っていたから。


「顔じゃなくてよかったですね。顔に穴が開くとやっぱり手術を希望される方が多いです」

「あの、お薬とかは……」

「もし心配し過ぎでおなかが痛いとかでしたら、内科を紹介しますが」

「いえ」

「では、早めに呪いの人形が見つかるといいですね。その人形をきちんと供養すれば穴は元に戻りますよ」

「……はい」


 さっさと呪いの人形を供養しないと。こんな状態で仕事に行って何と言われるか。

 夕方、帰宅した妻を捕まえて問いただした。


「この手の穴、呪いって言われたぞ」

「あら。あなた恨まれてるのね」

「お前がやったんじゃないのか」

「心当たりあるでしょう」

「そりゃあ浮気したのは悪かったが」

「やっぱり」

「だからって呪うことないだろう。手にこんな穴が開いたんだぞ」

「それは私じゃないわよ。だって……」


 妻はキッチンの引き出しから呪いの藁人形を取り出した。


「私は胸に釘を打ったんだもの」


 シャツをまくると俺の胸のまんなかには、ピンポン玉くらいの丸い穴が開いていた。


【了】

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