第12話 栗の季節

 遥は小さいときからよく母の仕事を手伝った。

 遥の家は農家だ。畑にできた野菜を出荷して生計を立てている。

 父はいない。物心ついた時にはもういなかった。

 家の裏にはこんもりと小さな山があって、栗の木がたくさん植わっている。栗を拾う時期になると、秋が来たなあと思う。

 遥は栗の選別が大好きだった。

 ささくれ立った木の箱を椅子がわりに、遥は母と向かい合って庭先に座る。

 目の前には大きなかごに入ったたくさんの栗。今朝早起きして拾ったものだ。


「遥、しっかり見てね。穴の開いた栗を探すのよ」

「うん」

「穴の開いたのはこっち。穴がない栗はあっちの籠に入れてね」

「ママ、どうして穴があいてるの?」

「どうしてかな。栗には穴が開いちゃうのよ」

「ふーん」


 栗を選別しながら、手を止めることなく母は話を続けた。


「遥のパパはね、栗の穴の中に入っちゃったの」

「ええっ、こんなに小さいのに?」

「こんなに小さいのに。不思議よね」

「ほんと?」

「本当よ。栗の穴の中にはね、ときどき不思議な穴があるの。その穴の向こうには綺麗なお花がいっぱいの世界があって、その栗を見つけた人は穴の向こうに行けるのよ。でもすごーく珍しいから、なかなか見つけられないの」

「パパは見つけちゃったの?」

「そうよ」

「穴の向こうの世界から帰ってこないの?」

「そうなの。だって、とても珍しい穴なんだもの。だからママは栗の穴を探してるの」

「いや! ママもパパのところに行っちゃったらいやだよ……」

「だいじょうぶ。ママはパパを迎えにいくのよ」

「ハルカのところに?」

「そう。遥のところに連れて帰るの。だから遥も栗の穴を探してね。穴の開いてる栗はこっちの籠よ」


 父が死んだことは遥も知っていたはずなのに、母の話はなぜか本気のように聞こえた。だから遥は栗の穴を一生懸命探した。父が帰ってくると心から信じていたわけではなかったけれど。

 栗の選別をしている時だけ、なぜか母は父のことを饒舌に語った。それは父が死んだのがちょうど栗の季節だったからなのかもしれない。初めて出会ったときのこと、母が先に声をかけたこと、デートした遊園地が楽しかったこと。

 そんな母の話を聞くのが嬉しくて、少し寂しかった。高校生になって部活や勉強が忙しくなっても、遥は栗の選別の季節だけは変わらず母の仕事を手伝った。


 高校を卒業して何年か経ち、やがて遥も恋をして結婚した。

 遥の家で、夫も一緒に暮らす。ささやかで幸せな日々。

 けれど遥の花嫁姿を見てからほんの少し経って、母が遥の前からいなくなった。

 それはちょうど栗の季節で。

 母は父を連れて帰るのではなく、父の居るところへ行ってしまった。

 遥は思う。母はとうとう、不思議な栗の穴を見つけてしまったんだろう。

 父を迎えに行って、素敵な花畑の近くで二人仲良く暮らしているのかもしれない。


 今、栗の選別は遥の仕事だ。

 そして小さな手をした可愛い子供が、遥の目の前で手伝ってくれている。

 かわいい男の子。夜になればこの子のパパも家に帰ってくる。

 だから今はまだ、栗の不思議な穴を見つけなくてもいい。

 今はまだ。

 そう思いながら、それでも遥はついつい探してしまう。

 栗の穴の奥に、きれいなお花畑が広がっているのではないかと。


【了】

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