第20話 社歌を作ろう

 ちょっとだけ私の愚痴を聞いてほしい。

 私の名前は佐藤あゆ。

 高校を卒業して一昨年就職したんだけど、うちの会社ってちょっとおかしい。



 ある日社長がいきなり、社歌を作ろうとか言いだした。

 いつもの思い付きだ。

 うちの会社は三佐川みさがわ穿孔せんこう工事。主な仕事は穴を開けることだ。

 コンクリートや石なんかの硬いものにばんばん穴を開ける。実はコンクリートの中にはいろいろと埋め込まれているから、管や電線なんかを避けたりして意外と繊細な作業が多い。なのに社長以下工事部の面々は陽気なラテン系ばかり。大丈夫なんだろうか、うちの会社。

 この時だって、社長のおかしな提案に、社員一同ノリノリで歌詞を考え始めた。


「やっぱ大事なのは穴でしょ。あな、あな、あなあーって」

「ダイヤモンド・コア・ビットがうなるぜ! とかどうですか?」

「お、いいねえ山田くん。ダイヤモンドだねー」

「社長、それアウトですから」

「えー」


 ひとしきりそんな話で盛り上がったあと、みんなはそれぞれの仕事に向かった。

 だからてっきりもうその話は終わったものだと思っていたのだ。

 一週間後、いきなり社長が社歌を歌いだすまでは。


 白銀の コンクリートに ダイヤモンドのビットがうなるー

 あな あな 穴を開けるぜ俺たちがー みさがわーせんこー

 穴が開いたら ハッピー ラッキー

 穴のむこうに 明日が みえるー

 三佐川 穿孔 あな あな あなー


 一寸の穴にも 五分の愛 残りの五分には 技術力ー

 あな あな 穴を開けてよ愛してる みさがわーせんこー

 穴が開いたら ハッピー ラッキー

 穴のむこうの 未来を まもるー

 三佐川 穿孔 あな あな あなー


 曲がついてた!

 いつの間に出来上がったのか、歌詞が二番まである社歌が出来上がっていた。

 歌い終わった社長が満足そうに言う。


「と言うわけで、この歌を我が社の女子社員たちに歌ってもらおうと思う」


 はあ?


「おおー」

「いいですねー」


 盛り上がってるのは工事部のオッサンたちだけだ。

 さすがに若手は引いている。

 何しろうちの女子社員と言ったら30代、40代のオバサマたちがほとんどで……。


「センターは佐藤さんでいいな。一番若いし」

「はぁっ?」


 今度は素で声が出た。


「無理です社長。私、歌とか歌ったことないし」

「練習すればいけるから。大丈夫だぞ佐藤さん」

「そ、そんな。えっと、あの、でも」

「井上さんたちはサブボーカルやってくれるな?」

「社長がやれって言うんならまあ、仕方ないですね」


 48歳の井上さん、納得するんだ!?

 女子社員平均年齢35歳超えますけど!?


「衣装は会社で用意しとくから」

「い、衣装!?」

「そりゃもちろん三佐川穿孔工業の事務員アイドルグループとして売り出すんだから衣装くらいは用意するぞ」


 社長バカだろう。

 できるか!


「社長、さっきの歌詞だと一番は男性っぽい歌ですから、ここはやはり男性陣が歌ったほうが」

「ほう、なるほど。良いこと言うなあ、佐藤さん。じゃあ山田、お前入って一緒に歌え」

「え、ええええええ?」


 社長の鶴の一声で、私たち事務員五人組と若手男性社員の山田さんは社歌のレコーディングをした。

 もちろんアイドルグループとしてデビューなどするわけはないけれど、地方テレビ局に何度か面白がって取材された。

 私も、他のメンバーも全員、とても恥ずかしい思いをした。

 うちの会社って本当におかしい。



 そして、つまり、それが私と山田さんが結婚した馴れ初めです。


【了】

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