第21話 穴開け屋
穴開け屋という仕事が、世間ではあまりまっとうに思われていないことは、
それでもこれを生涯の仕事として選んだのは、困った人を助けたいという純粋な善意からで、穴開け屋の中では異色な人材だといえよう。
何にでも穴を開けるという仕事は、ともすれば犯罪行為の片棒を担がされたりする。もちろん依頼人は、最初からそれが犯罪行為だなどと言うわけがない。穴開け屋は依頼人の意図をきちんと読み取る力と、自分が責任を負わなくて済むような契約書類作成が必須である。もちろん穴を開ける技術力が大前提だが。
◇◆◇
ある日、有川の事務所に大きな依頼が舞い込んだ。
「祖父が残した財産が、ある家に隠されていることが分かったのです」
依頼人は
三十前後の妙齢の女性で、いかにも真面目そうに見える。穏やかな話し方は好感が持てた。パンツスーツは機能的だが質の良いもので、それがよく似合っている。
「そこで来月の十五日に親戚が集まり、みんなで祖父の財産を探すことになっています」
残されたものが何かは正確には分からないが、おそらく紙幣と宝石ではないか。そしてそれは家の中のどこかに埋め込まれている。探すためには家のあちらこちらに穴を開ける必要があると思われた。
「親族の中には穴を開けるのが得意なものもいますし、体力に自信のあるものばかりです。でも私は体力もありませんし穴を開けたこともありません。そこで有川様に私の代理をお願いしたいのです。穴開け屋の中でも特に信頼のおける方だと伺っています」
「お話は分かりました。私としてもできるだけ最善を尽くしたい。いくつか確認したいことがあります」
「はい。私が知っていることならお話いたします」
橘の祖父は建築で名を成した人物だった。確かにかなりの額の遺産が残されていると思われる。集まる親族は全部で二十三人。付き合いは濃くはないが激しく仲違いしていることもない。
遺書によると遺産は紙幣や宝石などで、かなりかさばるようだ。最初に見つけた人が半分、残った半分を二十二人で分けることになる。祖父の家の中にあり、もし誰も見つけることができなかった場合は見届け人である弁護士によって隠し場所が明かされ、遺産は二十三人で等分することになっている。
有川は祖父の性格や親族の生活状況などを聞き、この仕事を引き受けることにした。
◇◆◇
当日、その家には二十三人の親族と有川、そして弁護士の山下が来ていた。橘未来はそこに居るけれど、全権を有川に任せて捜索には手を出さないと宣言した。
集まったものはみんな手に大きな電動鋸や鉈、、槌など思い思いの道具を持って集まっていた。探すのは建物の中だけと決まっている。この日はどこを壊しても構わないとも言われていた。
捜索の開始が宣言され、あっという間に家は切り刻まれていく。有川はその様子を冷静に見ながら、橘に尋ねた。
「この家はおじいさまの設計ではないのですか?」
「はいそうです。祖父がまだ若い頃に設計したものです」
「こんなに派手に壊しても大丈夫でしょうか」
「あちらこちらに気に入らないところがあるとよく申しておりました。なのでこうやって壊させるのは祖父のちょっとしたいたずら心でしょう。ここを建て替えると言ったときには家族みんなで反対しましたから」
「そうですか。皆さん仲がよろしいんですね」
「ええ。こんなことになっても、案外全員が楽しんでいるだけなのだと思います。祖父の用意したゲームに乗ってあげようと」
有川はしばらくの間、考え込んだ。その間にも家を壊す音はあちらこちらで響いている。ここじゃない。あそこかもと大きな声がするが、どれもみな楽しそうに聞こえた。
動こうとはしない有川に、橘は何も言わなかった。まるで最初からあきらめているような、そんな気すらする。
そんな橘に、有川が語りかけた。
「もし誰かが遺産を見つけてしまったら、それはおじいさまの望む答えではないかもしれません」
「といいますと」
「おじいさまは皆さんに遺産を等分することを望んでいるのです」
「まあ。ではなぜこんなことを」
「それはおそらく、この家を残したくなかったのでしょう」
「まあ」
「おじいさまは建築家として、どうしてもこの家に不満があった。けれど年老いて体も不自由になったあとで言いだした建て替えにはご家族が反対した」
「そうです。この家は思い出もたくさん残っていましたので」
「だからです。おじいさまは自分の意地を通された。けれど遺産は全員にあげたい。私が見つけることがはたして正しいのかどうか……」
人のよさそうな有川の困り顔に、橘は笑って答えた
「大丈夫ですわ。実は祖父は遺産を隠すのを私に頼んだのです。だから私は最初から隠し場所を存じております。けれどこれは祖父がとても楽しんで計画したゲームなのです。きっと有川様が正解を見つけてくだされば、祖父は喜ぶでしょう。有川様の話を私にしたのも、祖父ですから」
「なるほど、そうですか」
どうして祖父が有川のことを知っていたのか、有川に心当たりはなかった。けれど自分の仕事を認められたことがひどく嬉しく感じられた。
「では、穴を開けさせていただきます」
有川はそういうと、弁護士の山下に歩み寄る。
「すみませんが、遺書を見せていただけますか」
「遺書ですか」
山下は少しだけ驚いて、それからカバンから遺書を取り出した。
有川はそれをしばらく眺めたのち、その紙の一か所に小さな穴を開けた。
和紙でできている遺書はよく見れば貼り合わされていて、穴から注意深く開くと、中から一枚の小さな紙が出てきた。
「これがおじいさまの遺産を預けている銀行の貸金庫の情報です」
「まあ! どうして遺書の中にあると分かったのかしら」
「おじいさまは一族の皆様をとても愛していらっしゃった。だとすれば間違っても残された遺産が破壊されないように工夫したはずです。それに穴開け屋をご存じだったようですから」
穴開け屋と言えば金庫や壁などの硬いものに穴を開けると思われがちだが、そうではない。繊細な作業を極めることこそが穴開け屋の本質だと言える。
「さすがですわ、有川様。素晴らしい穴開けでした」
親族が集められ、答え合わせに楽しげな声が上がった。
橘は祖父のもう一枚の遺書を取り出し、全員に見せる。そこには、橘の代理人が見つけた場合は遺産を二十三人で仲良く分けるようにと書かれてあった。
「全く仕方のないじいさんだな」
「ほんとうに」
「でも家を壊すの、思ったよりも楽しかったわ」
楽しそうに冗談を言い合う人たち。
有川もまた自然と笑顔になっていた。
【了】
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