第28話 この穴に手を入れないでください

 校門を出てまっすぐ行くと左側の三軒目の家に、怖い爺ちゃんがいる。

 僕たちの下校時間頃にはたいてい家の前の道を掃いてたり、庭の草むしりをしてる。そして僕たちが傘でフェンスを叩きながら歩いてたりすると、「コラー!」と大昔の漫画に出てくる爺ちゃんのような怒り方をする。

 そのくせ、転んで泣いてる子がいると、やれやれと言いながら起こして、怪我をしてたら絆創膏を貼ってくれたりする。

 そして泣き止んだら「早く帰りなさーい」とか言って怒る。

 お母さんは「あそこのお爺ちゃんはツンデレだから」と言ってたけど、僕はそんな白髪の爺ちゃんの歳でツンデレとか無いと思う。


 ある日、爺ちゃんの家の前におかしなものが置かれていた。

 古くて傷だらけの学校の机の上に、ちょうどそれと同じ大きさの横長い箱だ。

 その箱には道に向いた面に穴が一つ空いていた。

 けれどその穴には中が見えないように、ゴムでできた目隠しがついている。

 そしてその穴の上には字が書かれていた。


『この穴には絶対に手を入れないでください』


「タケシくん、これどう思う?」

「罠、だな」

「爺ちゃんの挑戦状か」

「ということは、手を突っ込んだら負けなのかな?」

「いや、これを見て何もせずに逃げ帰ったらオレたちの負けだ」


 僕とカズマくんとタケシくんの三人はいつも一緒に帰る仲間だ。僕たちは爺ちゃんの挑戦に受けて立つことにした。


「まず誰が手を入れる?」

「何が入ってるんだろう」

「分からないけど、危ないものは入れないと思う」

「だな。じゃあオレが」


 最初に手を入れたのはタケシくんだが一瞬で穴から手を抜いた。


「痛っ」

「嚙まれたの!?」

「チクッとした」


 次に挑戦したのは僕だ。確かにチクチクしたけどそんなに痛くはない。

 これは……。


「タワシだ!」


 僕が大声でそういうと、庭から爺ちゃんが出てきて、「コラー」と言った。


「悪ガキどもめ、箱に手を入れたらいかんと書いておるじゃろう」

「わー、爺ちゃんが出てきたー」

「逃げろー」


 僕たちは笑いながら走って逃げた。


 次の日も箱はそこにあった。

 中身はミカン。取り出して三人で分けて食べた。

「コラー」


 その次の日も箱はそこにあった。

 中身はぬるっとして気持ち悪かった。コンニャクだった。

「コラー」


 その次の日も箱があったので、僕が最初に手を入れた。

 冷たい水のようなものが何か入れ物の中に入ってる。

「冷たいよ。水かな?」

「よし、次はオレだ」

 タケシが腕まくりするから僕は穴から手を抜いた。

 その時だった。

「血が出てる!」

 珍しくカズマが大声を出した。慌てて僕も自分の手を見ると、真っ赤にぬれていた。

「ひやあああ」

「怪我だ! 大丈夫か」


 僕たちが大騒ぎしていると、庭から爺さんがいつものように出てきた。

 ちょうどその時、学校からも騒ぎを聞きつけて先生が出てきた。


「どうしたんだ君たち。お、怪我をしたのか。大丈夫か」

「あわわわ」


 先生を見て慌てていたのは爺ちゃんだ。

 先生はそんな爺ちゃんをみて、頷いた。


「なるほど。石井のじいさん、あなたの仕業ですか」

「わ、わしはちゃんと『この穴には絶対に手を入れないでください』と書いておったぞ」

「それで中に赤インクを入れておいたと」

「ま、まあ、そうじゃ」

「そして通りかかった子供たちと遊んでいたと」

「あ、遊んでなんぞおらんわい」

「やれやれ」


 先生は外国人みたいに肩をすくめて首を振った。


「私も子供の頃はずいぶんこうして遊んでもらいましたが」

「そうじゃ。よく転んで泣いておったわ」

「でもこの遊びは危ないからもうやめてください」

「なんと……面白いのに」

「ダメですよ。君たちもダメだぞ。ちゃんと字が読めるんだから。ここをよんでみなさい」


『この穴には絶対に手を入れないでください』


「そういうこと。じゃあ気を付けて帰りなさい。ああ、帰ったらすぐに手を洗うようにな」

「はーい」


 どうやら怒られているのは僕たちじゃないらしい。

 僕は元気よく手を振った。あたりに血のような赤い雫が飛び散って、すごく面白かった。


「すげー」

「血まみれだ―」


 そしたら先生が「コラー」って怒った。

 僕たちは笑いながら走って逃げた。


【了】

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