第9話 穴が開く理由

 ――あなたは魔法があると思う?


 この世界とは違う、魔法のある世界。美しい姫。凛々しい騎士たち。おそろしい魔物とそれを追う冒険者。異世界はいつも愛と冒険に満ちている。

 それは魅力的で心惹かれる世界だけれど、現実にはあり得ない。

 夢物語にすぎない。


 ――本当にそうかしら。


 もし異世界に魔法があるのなら。

 たとえばあなたが異世界に行って、魔法を使うとしよう。

「清らかなる水よ、この器に満ちよ。ウォーター」

 丈夫そうな木彫りのコップの中に水が湧き出す。

 その水はいったいどこから来るのか。

 水蒸気を集めているという説もある。けれど乾いた地でコップ一杯の水蒸気を集めようと思ったら途方もなく大変そう。そんなことをするよりも、どこかに溜まっている水を召喚するほうがよほど簡単じゃないだろうか。


 ――もしかしたら今、私が見ているこの川から。


 清流が石の間を縫うように、さざ波を立てて流れていく。

 波は不規則なようで案外規則的だ。いつだって同じように光をキラキラと反射させている。

 でもじっと見ていたら。ずーっと見ていたら。

 いきなり流れが変わることがあるのだ。


 ――あっ、小さな渦が。


 あなただってもしここに居たら気付くかもしれない。

 小さな渦が生まれて、周りの水をまきこみ、流れを乱してそしてまた元に戻る。

 ほんの小さな違和感。

 水の穴は目に見えない。

 すぐに消えてしまう、ほんの小さな変化。


 ――大きな魔法を使うこともあるでしょう。


 たくさんの魔物に囲まれた。あなたは壁を作って身を守ろうとする。

「土よ、障壁となり攻撃を防げ。アースウォール」

 目の前にそびえ立つ巨大な土の壁。だが付近の地面には大きな変化はない。

 この土はいったいどこから現れたのか。


 ――あのニュースは酷かったわ。


 いきなり陥没する地面。

 けが人が出なかったのは幸いだ。

 地下水脈が地面を削って空洞ができていたのだとか、地下鉄工事のために地盤が緩んでいたのだとか。そんな理由が報道される。

 本当に被害者が出なくてよかった。いきなり地面の下に大きな穴ができるなど、誰が想像しよう。


 ――だからほら、あなたも気を付けて。


 異世界では、勇者を必要としているようだ。

 危険で過酷な旅。目的半ばにして命を落とすこともあるかもしれない。

 罠と裏切り。誰を信じたらいいのかわからない。

 そんな旅に自国民を追いやるよりも、もっといい方法がある。そう気付くかもしれない。

 たとえば魔法で水を呼び出すように。

 たとえば魔法で土を呼び出すように。

 あなたの居た空間に、穴が開く。

 真空になった空間に、空気が音を立てて流れ込む。

 あなたが消えたことを誰も知らない。

 ただ小さなつむじ風だけがそこにあった。


 ――くれぐれも、気を付けてね。


 さようなら。


【了】

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