第37話 ☆隣の席の男の子

 お風呂を終えて自分の部屋へとやって来るとそのままベッドに倒れ込む。

 まだ胸がドキドキしている。

 妙に疲れた日だったけど、モヤモヤしていたものが取れたように心はスッキリとしていた。


 すべてあいつのおかげ。


 夕食はいつも以上によく話せた。

 日奈ちゃんはあたしと樹がやりとりするだけで嬉しそうだったし、改めて心配かけてたんだなと思う。

 お母さんもなんだがほっとした顔だった。

 迷惑掛けたくなかったのに、かけてしまった。

 お母さんを安心させてあげられたかな?


 また、あたしは助けてもらった。

 ちゃんと謝られてしまったし、予想だにしてないこともまた言わる始末で……。


(……あたしもちゃんと謝らないと)


 いつもどうしようもないとき、樹はあたしを……。

 最初に助けてもらったのはいつだったか。

 そうだ、あれはまだ樹のことを勘違いしていた時のこと。



 ☆☆☆



 幼いころ、交通事故で父を亡くした。

 加害者の人は交通ルールを違反していたと周りが話していたのをなんとなくなく覚えている。

 あたしはそれ以来、ルールを守らない人が苦手になった。


 中学に入り風紀委員に、3年生になると風紀委員長になったのもその幼い時の記憶が強く残っているからだった。

 だからつい校則違反者を厳しく取り締まりすぎて風紀の鬼って揶揄されたりもするけど、それで違反者が減るならいいし、これから先も守ってくれたらいうことはない。


 でも、でもだ。

 うちのクラスにはその校則を何度注意しても守らない人がいる。

 大欠伸をしながらその人は堂々と教室にやってきた。


「ちょっとあなた、今日も遅刻だけど、いったいいつになったら直るの? 今日という今日は……」


 入間樹、現クラスメイトで、あたしにとっては注意しない日はないほどの人だ。


 さすがのあたしもこれが初めてであれば、やんわりと諭す程度にする。

 だけど彼は、いやこの男だけは別だった。

 腕組みをして少し威圧しながら、さらに話を聞き逃すことがないよう目を合わせ睨みつけるように言い放つ。


「あー、まあそのうちにな……」


 そう言ってひらりと手を振ったかと思ったら、そのまま机に突っ伏してしまう。

 こ、こいつ!


 その反応は歯切れも良くないが、悪びれた様子を見せなかったわけではない。

 気づきにくいが一瞬目を伏せた。


 いつも眠気眼で朝は疲れたような顔をしている。毎晩のように夜更かししているに違いない。

 だらしない日常が目に浮かぶようだ。

 なんてやつ……。


 横目で鋭い視線を向けていると、すぐに気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 もう寝たの……。


「あーあ、また始まった」

「入間君も態度がね……」

「完全に美涼に目つけられちゃったね」

「樹のやつ、相手が美浜だからってわざとやってんじゃないだろうな……」

「よく見ろ、あれは本気で怒られてるぞ」

「樹には、みんな注意しづらいからねえ」


 外野からのそんな声が耳に入って来る。

 入間樹とは中学から同級生になった。

 このさもいい加減な彼がどんな小学校時代を送っていたかなんて知らない。

 それでも、彼と同じ小学校の子がなぜこんな傍若無人なふるまいを許容しているのか疑問はあるけれど。

 幼稚な男子たちに聞こうとも思わない。


 眉間にしわが寄ってしまいながら、起きろという意志を込め二の腕を結構力を入れてつねる。


「っ!? い、いってえな! 何すんだよ?」

「何寝てるのよ、まだ話は終わってないわ。今日は古文と数学の宿題が出ていたわね。やってきたの?」

「わ、忘れた……けど、授業前には片付けるよ。休み時間のうちにわからないとこ教えてくれ」

「そんないけしゃあしゃあと……あなたいつもそうじゃない」

「なんだよ……なにか教えるのに抵抗があったりするなら、他の子頼るから別にいいぞ」

「……そんなこと言ってないでしょ。宿題なんだからわかるとこは家でやってきなさいと毎日言ってるでしょ」

「うーん、まあそれはそうだが……」


 またしても歯切れが悪い。

 どれだけ伝えても直せない人はいる。

 毎日飽きもせず、口うるさく口酸っぱく指摘するあたしをこの人は良く思ってはいないだろう。


 でもあたしにも訳があるし、彼からしたらこの時間はイライラするのかもしれない。


「そのまま大人になって、将来後悔してもしらないわよ……」

「……」

「ルールを守らない人大嫌い……」

「……」


 呟くようにそんな言葉が出てしまった。

 隣をもう見ていたわけではないので、彼にその言葉が聞こえたかはわからない。

 これがあたしと入間樹の日常だった。

 だから、入間樹への個人的な評価は最低で……。


 でも、その評価が少しだけ変わる出来事が起きる。

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