第36話 いつもよりもドキドキして

 クラスメイトの視線がいっせいにこっちを向く。

 それを受けても少しもたじろがない自分自身に少し驚いた。


「……どうして君にそんなことがわかる?」

「美涼とは付き合い長いので、顔見ればだいたい何を考えてるのかくらいは検討がつきます」


 突然話に乱入した俺に美涼は目を見開いてぎょっとしたようだった。

 だが迷惑そうな反応じゃない。

 それは俺の背中をさらに押す。


「メリットだけの言葉で美涼を縛り付けてもいいことないですよ。そんなの逆効果です。回りくどいことしないで好きなら好きってちゃんと言ったらどうですか?」

「っ!?」


 顔を真っ赤にして俯くバスケ部のキャプテン。

 それをみれば美涼に好意を抱いているのは明らかだった。

 だからか、こうして対峙しているだけでも心がざわつく。

 この前もそうだった。

 陸上部の人と話をしていた時と同じ。

 美涼が勉強やスポーツで活躍するたび勝手なやきもちを焼いてしまっていた。



 でも、それよりも、俺は他の男子と仲良くしている美涼に嫉妬していたんだ。



「……うわっ、入間君、先輩黙らせちゃったよ」

「……なかなかできることじゃないよね。もう、なんだか美涼ちゃん羨ましいな」

「呼び捨てとは……入間、そういう関係なのかよ」


 沈黙する先輩を他所に、周りからはそんな声が漏れだす。

 美涼をみれば、やけに顔を赤く染めていた。


「……待ってくれよ。たとえ付き合いが長くても、クラスメイトが何でそんな見透かしたような目で……」


 バスケ部キャプテンは美涼の方は見ず、ただ絞り出すように俺を見つめる。

 動揺しているのか、まだ狼狽えたような視線だ。


「あー、正確には俺と美涼はクラスメイトであり、義理のきょうだいなので」

「……えっ?」

「「「……えっ~っ!?」」」


 対峙している先輩は小さな声を、クラスメイトは盛大な驚きをもって反応する。

 そこまで言うつもりもなかったが、成り行き上しかたない。

 美涼の方を見れば、今度は実に呆けた顔をしている。


「……美涼への話がそれだけでしたら、今日は一緒に小さな妹の迎えに行かなくちゃならないので、俺たちはこれで失礼します。行くぞ、美涼」

「……う、うん」


 美涼は顔を下げて固まっている先輩に対して深々と頭を下げると、俺の後をついてくる。

 俺たちが教室を一歩出たタイミングで教室は大きなどよめきに包まれたようだった。

 捕まる前にと、歩くスピードを上げ校舎を後にする。




 久しぶりの一緒の帰り道だった。

 美涼としては本意ではないかもしれないけど、申し出を拒否できる状況でもなかっただろう。

 先ほどまではそうでもなかったが、時間が経つごとに俺はといえば恥ずかしさを覚え、今頃になって心臓がドキドキしだす。

 勢いで色々と余計なことまで暴露してしまったが、もう後の祭りだった。

 明日質問攻めに合うだろうが、まあ何とか乗り気ろう。


「なんなのよいったい……突然びっくりするでしょ!」

「そ、そんな呆れた顔しなくてもいいだろ。困ってそうだから助けたかった、ただそれだけだ」

「っ! ……にしても、名前で呼んで、きょうだいってことまで告げる必要あったの?」

「しょうがないだろ。あの先輩、関係知りたそうだったし」

「樹が変なタイミングで混ざって来るからでしょ」

「よく言うよ。1人じゃ断れなかったくせに……」

「……へえ、そういうこというわけ。ほんとあなたはデリカシーがない」

「お前だって、ガツガツと人のことに踏み込んでくるだろうが」


 俺たちは目を合わせ、ぷいっとそっぽを向く。

 凄く久しぶりに感じる。俺たち本来のやり取り。

 ここ数日のことが嘘みたいに自然に感じる。


「……」

「……」


 変に改まるよりもこのままのノリの方が言いやすいと思い、ちらちらとこっちを伺うような視線が飛んでくる中で俺は言葉を吐き出す。


「……俺、美涼に差を見せつけられて勝手にやきもち焼いてた」

「っ! な、なによそれ……」

「でも、それだけじゃなくてだな、その、お前が他の男子と話すのが気に入らなくて、この前喧嘩になった時も、ついそのこと思い出しちゃって、言い合っちゃったんだ!」


 まくしたてるようについ早口になる。

 でも、ちゃんと吐き出せたからか心はスッキリとしていた。

 ドキドキはうるさいし、顔は熱いけど。


「っ!? ……はあああ!」

「自分勝手に怒って悪かった。ごめんなさいでした。ほら、言葉だけじゃなく今度はちゃんと怒った理由も添えたからな」

「……ほんとにあなたは……あーもう、考えてもいないことたまにするんだから。でも――」


 つい早歩きになってしまった俺の隣に並んで美涼は何か呟やいた。

 距離が近くても聞き取れないくらいの小さな声。

 耳まで赤くなっている。


「なんて?」

「…………ありがとうって言ったのよ」


 俺を追い越して今度は振り向きざまに言い放つ。

 そのまま鞄を強く握ると、美涼はさらに早歩きし始めた。


「……」

「ほらぼっーとしてないで、日奈ちゃんのお迎え行くわよ」

「そんなに急がなくても」

「……そ、それと、あ、あたしもちゃんと謝るから、ちょっとだけ待ってて」

「お、おう」


 俯き加減で言うもんだから、なんだかこっちもやたらと気恥しくなってしまう。

 いつもよりもドキドキして、ちょっと暖かいようなそんな時間だった。

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