第35話 いざって時

その日の夕食。

 数日間張りつめていた空気は少しだけ和らいで美涼にぎこちなくも笑顔が戻る。

 日奈や広実さんとも積極的に会話していたし、俺とも言葉は短いけどやり取りはあった。


 俺の方は今までよりも美涼を見る頻度が増す。

 その都度、前よりも目が合ったりしたら隠せないくらい顔が赤くなってしまう。

 それと同時にモヤモヤするこの気持ちの正体に気づき始めていた。


 2人きりになれば、美涼は途端にスマホと俺を交互にみてはそわそわしている。


「……その、おやすみ」

「……お、やすみ」


 何か言いたそうではあったけど、それくらいしかお互いいえない。



 翌朝もそんな感じだった。

 はやくきちんと謝りたいけど、それにはまだやらなきゃいけないことがある。

 そんな思いを抱いて、学校に登校すると教室はいつもより何やらざわついていた。


「おはよう、入間君。ねえ、美浜さんってバスケ部の上級生といい感じなの?」

「そうなのかな、どっちかって言えば入間君の方が仲よく見えたけど……」

「……それ、何の話?」


 ここ最近、美涼とバスケ部のキャプテンが一緒にいるのを何人も目撃していたらしい。

 昨日の放課後も一緒にいて2人で何やら話をしていたのだそうだ

 ここ数日、そんな話が飛び交っていたということを今更ながら知る。


 考えてみれば、模試のことで頭がいっぱいだったし、昨日まではクラスメイトと言葉を交わしてきていない。

 如何に美涼のことと言えど致し方ない。

 今知れてよかったと鞄を持つ手に力が入る。


 男子のバスケ部のキャプテン、か。

 いい予感はしないし、やはりモヤモヤする。


「あの、あんまり美涼の前ではその話題出さないでおいてもらえない? お願いします」

「……そうだよね。あくまで噂だし」

「中学の頃から知っている入間が言うのなら……」


 ただのお願いだった。

 注意したわけでも苦言を呈したわけでもないのに、あっさりと話題は数学の先生の教え方が悪いことなどに移行する。


「あっ、美涼ちゃんおはよう」

「……おはよう」


 そのタイミングで美涼が教室へとやってきた。

 話を聞いていたのかはわからない。

 ただ挨拶を交わすと自分の席へと何事もない様に座ったのは印象的に俺には映った。


 さてとぐずぐずしてはいられないな。


 休み時間になると、隣のクラスに出向き佐野を呼び出す。

 昨日、美涼の中学の頃の友達は聞きだしたのかもしれないけど、俺たちの事情を知っていた。

 その辺の事情を俺は誰にも話してもいないこともあり、美涼に、佐野にちょっと罪悪感すら芽生えていて……。


「ええっとだな、その、俺と美涼なんだけど……」


 人気のない屋上付近の階段近くに移動すると、美涼と兄妹になったことを打ち明けた。

 佐野はあまり驚くことはなく時折頷きながら静かに話を聞いてくれた。


「……なるほどね。そういうこと。何かあるとは思ってたよ。美浜さんが樹を振ったって聞いたときから」

「そっか。今まで言えなくて、ごめん」

「気にすることはないよ。自分からそういうのって言いにくいだろうし……それで、樹はどう思ってるの?」

「それは……」


 佐野の問いにはっきりと言えずじまいだけど、もう答えは出てる。


「美浜さん目立つからね。うちのクラスでもバスケ部だかの先輩のことは話題になってた」

「そう、なのか……」

「樹、どうするの……って、その顔はもうあんまり迷ってないみたいだね。下手な助言はいらないか」

「そ、そんなことはねーよ」

「なら1つだけ。俺の知ってる入間樹は子供ですごく不器用だけど、でもいざって時は力になってくれる、頼れる人だよ。大丈夫、美浜さんを誰よりも知ってる樹ならちゃんとやれる」

「お、おう」


 佐野の言葉はいつかみたく背中を押してくれているようだった。


 そして放課後。

 その時は早くも訪れた。

 帰りのホームルームが終わるや否や噂はほんとだったのだろう。

 バスケ部のキャプテンらしき上級生が姿を見せた。


「美浜さん、バスケ部に決めた?」

「い、いえ……」


 美涼はといえば、引きつったような顔で珍しく身構えている。


「君ならいい成績絶対残せるよ。大学の推薦や奨学金免除だって……」


 その人はそんな彼女に近づいて、部活に入ることによるメリットらしきことを並べ立てている。

 状況を見れば断るに断れない状況になっていそうだということは理解出来た。


 それに、美涼がその人とやり取りすることですら心がざわつく。

 だが幸か不幸か、このもやもやが何なのか、いま完全に理解した。


 美涼を良く知っている者として、きょうだいとして、そして男として黙っていられなくなる。


「あの、美涼は嫌がってますよ」


 不思議と迷いやためらいはなかった。

 俺は2人の間に割って入っていく。

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