第33話 成果

「すごいね、美浜さん」

「どの科目も全国上位じゃん」

「私、定期テストの前に勉強会開いてもらいたい」


 クラスメイトがひっきりなしに美涼の点数を称賛したり、回答の確認などをしていた。

 教室内でその場所だけスポットライトが当たっているかのように眩しく感じる。

 美涼の傍にはすでに仲良くなっている女子生徒と、勉強やテストのことを話題に集まる人たち。


「お前、話しかけてみろよ」

「そっちこそ……」


 少し距離を置いて数人がその様子を見ていた。

 その中には三井さんもいて美涼の方を見ては目を逸らしている。

 単独ではなかなか美涼には話しかけづらい雰囲気だ。


 そんな中でも俺は彼女に話しかけようと近づいていく。

 高校生になって俺の方から教室でそうしたことはない、初めてのこと。

 しかもあんなやらかしをした後だからか、鼓動の音が大きく感じる。

 1人、また1人と俺に気づいたクラスメイトの視線はなんとなく冷たい。


 でも、今はそんなことを気にするよりも大切なことがあるからなのか、そんな視線を感じてもためらいはなかった。

 新しいクラスメイトが、俺と美涼の関係を知らないのならそれを見せていけばいい。

 その為の第一歩なんだ。


「美浜さん、ここの答えなんだけど、教えてもらえる?」

「っ?!」


 背後から話しかけたのでどんな表情をしているのかはわからない。

 少し待ってみても俺の声に美涼からの返答はない。

 周りのクラスメイトも同じだった。


 ざわついているから聞こえなかったのかもしれない。

 だけど、1人拾ってくれた子がいた。


「そ、そこ私も間違えちゃって……」


 三井さんだ。彼女は恥ずかしそうに俯きながらもきちんとやり取りしてくれた。


「……あー、そこね。僕も引っかかった」

「……私も、私も」

「……ま、間違いやすいと思うかな、そこ」

「っ?! だ、だよね……」

「そ、そうですよね。なんで間違ったのかなって……」


 俺が口にした話題は三井さんを経由して、途端に周りに広がっていくと同時に、皆の視線が柔らかくなった気がする。

 あのやらかしから腫物のように見られていたのはなんとなく気づいていた。

 それは仕方のないこと。俺はそのくらいのことをしたんだ。


 だけど……。


 俺の方も今まで話しかけづらいと思っていたけど、それは勘違いだったのかもしれないな。

 一歩目さえ踏み出せればなんてことはないことだったのかも。


 それでも、俺はただ相槌を打つのみの反応だったが、それを見て傍にいた男女が顔を見合わせる。


「入間君……その、この前は私たちがいきなり仕切っちゃった感じでごめんなさい」

「……事前にもっと予定とか聞いておくべきだったってみんなで話してたんだ」


 その二人は、この前のテスト後にクラスで集まるようなことを言っていた人だったと思う。

 突然の謝罪に困惑する。悪いのは俺の方だったはずなのに罪悪感だった。


「い、いや、あの日は俺の方こそ悪態で空気悪くしちゃって、ごめん」


 今は美涼との仲直りと思っていたので、予想外のことに頭の中がこんがらがる。

 三井さんの方を見れば、俺と同じように初めましてと自己紹介から始めていた。


「今度こそちゃんと懇親会開くからさ、入間君強制参加ね。三井さんも」

「事前に言ってくれれば都合何とか合わせる」

「さ、参加します」


 少しの勇気と行動で、俺はこの日ようやくクラスメイトとの会話も成立させることが出来たんだ。


 何だか視線を感じるなとそっちに視線を向けると、美涼のその勝ち気な瞳がじっと俺を見つめていた。

 それだけのことなのに、思わず答案用紙をくシャリと握りしめてしまう。

 この前の俺は間違っていた。

 その反省を思い出しながら見つめ返す。


「……」

「……」


 どのくらいの時間だったかはわからない。

 物凄く長く感じたけど、ほんの一瞬だったのかもしれない。


「……」

「…………そこはひっかけ問題でしょ。問題文よーく読んでみて」


 美涼は呆れたとでも言いたげに肩を竦める。

 その声に怒りの感情はなく、なんだか呆れているようにも見えた。

 俺はほっと胸をなでおろす。

 もちろんこれで許しを得たとは思ってないけど、少しだけ気持ちが軽くなった。


 顔が緩みそうになるのを必死に抑える。

 教室内でやり取りが出来たことが嬉しい。

 やはり天敵でもある美涼と何にも話さないのはさみしいし、つまらないんだと思う。


「美涼さん、な、仲良くしてください」

「っ! う、うん。こっちこそ改めてよろしくね」


 一息つきながら俺は、三井さんと美涼の初々しげなやり取りを聞いていた。


 そんなことがあった放課後。

 自ずと足は文芸部の部室へと向かっていると、美涼からのメッセージが届いた。


『数日間とはいえ呆れるほど頑張ったのね。継続できたらたいしたもの。それから日奈ちゃんの迎え、よろしくね』


 ちょっととげがあるようにも見えるけど、これは美涼らしさだ。

 頑張ったかいはあったし、大きな前進だった。

 小さくガッツポーズしながら部室のドアを開ける。


「その顔は模試の結果、悪くはなかったみたいだね」

「……は、はい、ありがとうございました」


 先輩の顔を見てすぐに冷静になる。

 たしかに悪くはない。

 教室でも美涼とやり取り出来た。

 それにクラスメイトとの壁も少しは解かせただろう。

 不甲斐ない自分を改めた結果だった。


 ほっとするけど、それでもまだ俺自身引っかかっていることがあるんだ。

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