第31話 相談
夕食の準備を始めたが頻繁に手が止まる。
日奈には大見得を切ったものの、今まであれほど本気で言い合ったことはなく、具体的な仲直りの策があるわけではなかった。
なにも考えが浮かばずにいると、玄関が開く音と共にただいまという微かな美涼の声が聞こえる。
リビングには顔を出さずに、洗面所で手を洗っているようだった。
なにもしなければすぐに二階へと上がっていってしまうだろう。
どうすればいい?
今の俺がたとえもう一度話をしたとしても、また途中で感情的になってしまうかもしれない。
冴えない表情をしていると、日奈が不安そうな顔を向ける。
(そんな顔するなって)
心の中でそう思いながら、俺は日奈の頭を撫でた。
「日奈、仲直りの方法、先生はなんて言ってたか覚えてるか?」
「うーんとね……普段仲良しの人が喧嘩しちゃったら、他に仲良くしてる人がその間に入るのがいいかもしれないって」
「なるほど……日奈、助けてくれるか?」
「うんっ! 日奈、美涼お姉ちゃんにお帰りって言って、連れて来る」
日奈は無邪気に笑うと、洗面所の方に駆けていく。
「美涼お姉ちゃん――読んで」
「ただいま――いいよ」
2人のそんな声が聞こえ、少しすると手を繋いでリビングへとやって来る。
俺の顔を見た瞬間、それまでの温厚な顔はどこへやら美涼は引きつったような顔になった。
「ウサギさんと亀さんの話日奈好きでよくお兄ちゃんに読んでもらうんだよ」
「へえ、お姉ちゃんもよく小さいときに絵本を……っ!? や、やっぱり用事を思い出したから」
「美涼お姉ちゃん……」
「日奈ちゃん、ごめんね」
美涼はつないでいた手を放して2階に駆けあがって行った。
だが、日奈に断りを入れるその顔は本当に申し訳なさそうで、見ているこっちもなんだかざわつく。
そしてなぜか美涼のそんな表情は俺に少し勇気を与えてくれた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい……日奈、上手く出来なかった」
「いや、そんなことないぞ。ありがとな日奈」
「えっ……」
「日奈の気持ちはお姉ちゃんにもきっと届いたと思う。相手は美涼お姉ちゃんだ。簡単じゃないけど、あとはお兄ちゃんに任せろ……さあ、夕食作っちゃおう」
「うんっ!」
しゅんと俯き加減の日奈ににっこりと安心させるように俺は微笑む。
これくらいでめげるわけには行かない。
次の手は……。
☆☆☆
翌日のお昼休み。
今度は俺の方から佐野を誘う。
場所は昨日と同じテニスコートにほど近い外の階段付近。
今日もお昼を食べながら話というか、相談ごととなった。
「……というわけなんだけど」
「なるほど。まずはそうだね……謝って謝って許してもらうしかないんじゃないかな」
「ああ、誠意を見せる感じか……」
「そうそう。言葉にするとわりと伝わるもんだよ。それに、誰が相手だろうと本気になった樹のしつこさにはそのうち音を上げると思うし」
しつこさはどうかと思うけど、これもまた一理ある。
幸いにもメッセージを送ることに躊躇はもうない。
短期間でこうも変わった自分の感情に驚きつつ、ごめんなさいの一言を送信してみる。
すぐに既読になったが返事は一向に来なかった。
ちょっとだけ落ち込みそうになる。
だけど教室に戻る途中で幸いにも美涼とすれ違う。
「ごめん。言いすぎた。悪かった」
そこで片言になりながらも、ぎこちないながらも、きちんと謝れた。
美涼はといえば、目を見開いて驚いているのか一瞬だけ動きを止める。
だけど、すぐに表情は険しくなって……。
「……何が悪いと思って謝ってるのよ?」
「そ、それは……」
「中身のない言葉だけの謝罪なんて結構です」
俺が言葉を詰まらせてしまうと、美涼はぷいっと顔を背けて教室の中へと入って行ってしまう。
改めて美涼の意地っ張りに感服しながら、たしかに悪いとは思っているもののそこを聞かれると答えにくい。
それに、もし俺が美涼の立場だったら、やはり同じように意地を張って振舞ってしまうだろう。
午後の授業の間も必要に美涼の姿を目で追い気がつけば放課後。
次の手を考えながら、俺は部活にへと出向き気がつけば先輩へと相談していた。
「あの先輩、今日は俺が話しても……」
「……君、今日は昨日とはまた違う顔してるね。いいよ、君は興味の対象だし」
「それ、意味がよくわかりませんけど……」
「わからなくていいよ。ほら、存分に話してごらんなさい」
「実は……」
先輩はメモ帳を閉じて、俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれるように見えた。
その姿になんだか少しほっとしながらここ最近のこと。
きょうだいと喧嘩して仲直りしたいこと。
昨夜から色々試しているけど、あまり上手くは行っていないこと。
それらを自分でも思い出しながら、確認しながら伝えて行った。
「なるほどね。君も感情的になったってことは何か根本的な原因があるんじゃない?」
「……」
「その顔は図星、かな。それを何とかしなきゃ何度関係を修復しようとしても同じことになっちゃうかもしれないね」
「……そうですね」
先輩の言葉にはっとさせられる。
でも、具体的にどうすればいいのかわからない。
「……もう少し話を聞こうか?」
「お、お願いします」
先輩の助け船みたいな言葉に俺は間髪入れずに頭を下げていた。
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