第30話 新しい約束

 翌朝、テーブルの雰囲気はいつもとは違いやけにしーんとしていた。

 美涼は昨夜よりも意地を張ったように俺とは目を合わそうともせずそっぽを向いてだんまり。

 当然俺が当番だった朝食の準備にも参加していない。


 そんな美涼を見て、こっちもただ黙々と食事をするのみで。

 ふと顔を上げれば両親と日奈の心配そうな顔が並び、どことなく罪悪感を覚える。

 それでも何か話す気にはなれなかった。


「きょ、今日もお弁当美味しそうね」

「……どうもです」

「そういえば美涼ちゃんは部活決めたのかい?」

「……まだ、です」


 夕食の席に居なかった親父は悪気もなく軽く地雷を踏む。

 俺も美涼も言葉に覇気はなく、明るくも振舞えずただ端的に返答する。


「……ごちそうさま」


 これまでは何があっても家族の前では普段通りを貫いてきたけど、今回ばかりはそうできなかった。


 日奈を送っていく時ですら俺たちは当たり前のように会話は無い。

 俺の方も意地を張ってしまい、自分からは話しかけない状態だった。


 学校に着けばお互い赤の他人のように振舞う。

 中学の時とは違う教室での距離間に、むっとしている今でさえ違和感を感じる始末でどこか授業中は上の空。時折美涼の背中を不機嫌な顔になり見つめていた。


 午前の授業を終えれば、今日も教室の空気に耐えかねて俺は席を立つ。


「……どうしたの樹、元気なさそうだけど……」

「いや、別に……」


 廊下に出ると佐野が待ちかねていたように話しかけてきてくれた。

 投げやり気味に答える俺を見て、佐野はすぐに、


「ちょっとお昼付き合ってくれない?」

「えっ、おお、いいけど……」


 今日も昼練があるのだろう。

 ラケットを肩にかけていた。早く練習したいだろうに友人のその誘いを俺は断れなかった。


 テニスコートにほど近い外の階段に並んで座りお弁当を広げる。

 校庭に目をやればサッカー部だろうか、すでにボールを蹴っている人がちらほらと見受けられた。


「相変わらず樹のお弁当凄いね」

「良ければおかず手出してくれ」

「それじゃあ遠慮なく……うまっ! ほんと樹って最初こそ失敗するけど要領掴むと極めるよね。いろいろと」

「そうかな……あー、そういや昨日悪かったな。何か呼び止めていただろ?」

「あー、うん。その話なんだけど、美浜さんがさ」

「ごほっ、ごほっ」


 予想外だった。

 自販機で買ったお茶を飲んでいたが、美涼の名前が出た途端に派手に咽てしまう。


「大丈夫? ていうか、美浜さんと何かあった?」

「……ど、どうして?」

「長い付き合いじゃんか。最近の樹が元気ないのは美浜さん絡みでしょ」

「お見通しかよ……で、美涼がどうかしたのか?」

「昨日のお昼に美浜さん樹を捜してたから。ちゃんと会えたのか気になってね」

「……」


 だから美涼のやつ俺と三井さんが話したのを知っていたのか。

 まあ、ここのところ昼は教室に居なかったし、もしかして心配してくれてたりしたのかな?


「その様子じゃお昼は会えなかったみたいだね」

「……まあな」

「よけいなお世話だろうけどさ、知らないより知ってた方がいい情報もあるから」

「悪い……」

「謝ることはないさ。樹と美浜さんのこと応援してる人はわりとたくさんいると思うよ。まあ悩んだり考えちゃうとは思うけど、話はいつでも聞けるからさ」


 佐野の言葉を聞いて、少し冷静にはなれた。

 それでも捜していたならそう言ってくれればいいじゃないかという反発な気持ちも芽生えて、メッセージを贈ろうとしてスマホを出しても手は止まってしまう。


 そんなお昼を過ぎて今度は放課後。

 俺は文芸部の部室へと足を運んだ。


「……いらっしゃい、入間君」

「どうも……」


 昨日来ていないことは特にお咎めもない。

 来たいときに来ればいいというのは本当らしいな。

 同じ空間に居ても先輩はあまり俺を見ない。滅多に顔を上げることもない。

 いつも集中して本を読んでいたり、熱心にメモを取っていたり、今みたく物思いにふけっている。


 だから俺は油断していた。

 本棚を見て読むラノベでも探そうかと立ち上がった時だ。


「ちょっと話してもいい?」

「えっ、はい。どうぞ」

「……君、今日は一段と辛気臭い顔しちゃってるけど、何か悩んでる、のかな?」

「……そう見えちゃいますか?」

「少なくとも私にはそう映るかな……今も見透かされたって顔してるし」

「そうですね。なんというか、高校生活に躓き気味ですし、家庭のことでも色々と上手く行かなくて……」


 珍しく先輩は俺をじっーと見ている。

 なんだか観察されている気分で、恥ずかしいけど嫌な気はしない。


「そう、なんだ。家庭ね。なるほど……」

「……すいません」

「謝ることないよ。話してくれてありがとう。冷静になってその悩みが頭の中が整理できたら、相談に乗るね」

「はあ、じゃあその時は……」

「その前段階として、先輩として送る言葉があるよ」

「……」

「一生懸命に生きてれば辛いこともある。その辛さとどう向き合うかかな。もちろん逃げるのもいい選択だと思うよ。でも、その辛さの原因とちゃんと向き合って解決すれば、それは喜びや幸せに変わるかもしれない……なんてね」


 それは俺も美涼も読んでいる文芸恋の中に出てくる台詞だった。


「あの……」

「んっ、まあここ文芸部だしね。以上先輩からのお話終わりです」


 先輩との会話は部室を出るときの挨拶を除けばこれだけ。

 だけどその台詞は校舎を出た後も頭にこびりついたように離れない。

 まだ面と向かってはとても謝れないとは思う。けど佐野や先輩の話を聞いて昨夜の自分を少し反省しているのは確かだ。

 その証拠なのか、日奈の迎えに行こうと校門を出ても、思い直して何度も学校の周りを歩いては戻って来る。


 美涼は今日の日奈の迎えには一緒には行かないだろうとわかっていても、俺はそれでも時間ギリギリまでなぜか待っていたんだ。




 それから30分後、保育園の傍までやって来る。

 この時間になると若いお母さんたちの姿もまばらで、お迎えに来た車はライトをつけていた。


「先生も喧嘩することある? どうすれば仲直りできる?」

「喧嘩するほど仲がいいっていうし、先生も喧嘩するよ。仲直りの仕方はね――」


 日奈は茜先生と話しているようでその内容が耳に届く。


「あっ、お兄ちゃん!」

「ちょっと遅くなった」


 話の途中でも俺の姿を見つけた日奈は傍へと駆けてくる。


「日奈ちゃん、今日はきょうだいのいる子に喧嘩した後の仲直りする方法ずっーと聞いてましたよ」

「……そ、そうですか……」

「日奈、お兄ちゃんとお姉ちゃんに仲良くしてほしいから」


 ぎゅっと抱き着いている日奈を見ながら、俺は先生の言葉を聞いて胸が熱くなる。

 日奈を常日頃から見ているからか、その光景を想像するのは容易だった。

 

(やっぱり俺はまだ子供で情けない兄貴だな……)


 そう思うと同時に、頭の中、心の中のモヤモヤが嘘のように晴れていく。

 そのおかげだろうか。

 帰り道、俺は当たり前のように日奈に宣言していた。


「……お兄ちゃん、美涼と絶対に仲直りするからな!」

「うんっ!」

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