第25話 食べる場所を探す
高校になると勉強が急に難しくなるということを耳にすることがある。
進学校ともなるとそれは顕著になるのか、俺などは毎時間教科書を見ては唸るばかりだ。
今も英語の英文の意味がよくわからずに頭を抱えてしまっている。
「じゃあここの英文を……美浜さん訳してもらえる」
「はい……あなたは私だけなく妹にも心配させてるんだよ」
そんな俺とは対照的に指名された美涼はスラスラと回答を口にする。
「さすが美浜さん」
「彼女、前回の実力テストの英語満点だもんね」
周りからは小さな声ではあるが感嘆の声が漏れた。
そういえば美涼が当てられて答えられなかった教科は俺の知る限りないな。
どんな予習してるのか、そんな簡単なことですら家でも聞きにくくなってしまっている。
それがもどかしくないと言ったら嘘だった。
悔しい気持ちもあるのかな。思わず両手に力が入る。
あの日以来、教室では美涼はある程度空気を読んだように、以前よりも話しかけてくる回数は減った。
自業自得とはいえなんとなく淋しい気持ちがあって、授業中などは無意識に美涼の後ろ姿を見つめたりもして、ふと我に返ると、何してるんだ……と頭を抱える日々だ。
俺が顔を上げた時などはよく目が合う気もして、嫌たぶん勘違いだと思うが……こっちから目を逸らしてしまう。
午前の授業を終えて、昼休みになれば途端に仲のいい人同士集まりだす。
「今日は学食行かね?」
「おお、良いね」
「おい、はやく食べて部室掃除しに行かねーと先輩に怒られっぞ」
「そうだった。そういうとこ厳しそうだしね」
入学からある程度期間も過ぎたので、だいぶグループも形成されつつあった。
「美浜さんのお弁当今日はどんなのかな……?」
「料理も上手なんてなんかずるいよね……」
「美涼、おかず交換しない?」
グループの中でもひと際目立つのが美涼のグループ。
そんな女子たちの明るい声を聴きながら、俺はお弁当を持って1人教室を後にする。
言わずもがな、俺はどのグループにも属してはいない。
中学の頃は給食だったし班で机をくっつけるように食べるのが当たり前だった。
俺と美涼はそこでも毎日のように言い合って、佐野いわくうちの班は賑やかで楽しいと何回もからかわれたっけ……。
そんなことを思い出して美涼の方をちらりと見たら、向こうもこっちを見ていた気がしたが足は止められなかった。
「おう佐野、昼練か?」
「うん。コートの側で食べてそのまま少しい打とうかなって。それに……先輩がたまに練習しているって言うのを聞いてさ……」
隣のクラスを通るときにはちょうど佐野と出くわす。
先輩のところは声を落としてひそひそと教えてくれた。
隣に友達らしき人もいるし、練習もするなら忙しいだろう。
「そうか。その辺り後で詳しく聞くわ」
「うん。樹は部室に行くの?」
「あー、今日はどうすっかな……」
「……なんかあったら、いつでも相談してよ」
「お、おう。じゃあまた」
歯切れの悪い俺の言葉に佐野は僅かに察したように眉を顰めると、言葉と共に軽く拳を腹に押し付けてきた。
この一週間、俺はお昼になると校舎を徘徊しては人のいない場所でお弁当を食べている。
教室に居ればクラスメイトの視線も気になるし、たとえ美涼が話しかけてきてくれてもまたあんなことにならないとは断言できないし……。
自己防衛と予防措置。
それにこうして1人の方が気持ち的には楽だった。
ほんとにそうかな? 自分自身に問いかけながらも廊下を進む。
(今朝も自分でやらかしちゃったからな……)
教室以外でお昼を食べる人も多い。
お弁当を持ってきていない人は購買の隣で売りに来ているパン屋さんや食堂に押し寄せるし、食べる場所も部室棟に足を運べば部活仲間で食べている人たちも見かける。
「さて、今日はどこで食べるか……」
文芸部の部室、屋上前の階段、視聴覚室と来たからなあ。
今のところ誰も来る心配がない部室が一番落ち着いた。
広い校舎ということもあって、あまりあてもなく周っていると時間はすぐに過ぎてしまう。
運よく図書館前のベンチに先客がいなかったので、今日はそこで食べることにした。
ここならクラスメイトにみられる心配もないし、日が当たって気持ちいい。
お弁当箱を開封しようとしたのだが、いつもと大きさが違うことに気づく。
にゃんこライダーという子供に大人気のアニメのキャラがプリンされたお弁当箱。
「あーこれ、日奈のだ……」
今朝うっかりしてどうやら間違えてしまったらしい。
日奈のは中身も特別だからな。
今日は日奈の好きな猫をご飯の上の海苔とかつお節でかわいく表現し、猫がおかずに手を伸ばしているようにおかずを配置したのだ。
『文芸部の恋愛事情』内でもこんな猫が居る。
最初は上手く出来なかったけど、だいぶ似て来た、じゃないや……。
お弁当を楽しみにしていた日奈に悪いことをしたな。
「あ、あの、いつぞやのお兄さん、ですよね?」
そんなことを思っていたら、近くで声が聞こえる。
お弁当から顔を上げれば女の子が1人立っていた。
おろおろしたように彷徨わす視線、それでも自分を鼓舞するように両手を握りしめている小柄な子だ。
どこかで会った気もするような、しないようなそのくらいの感覚だった。
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