第24話 それでも上手くは行かない

 早朝の台所は小気味いい調理音が響いていた。

 俺はお弁当作り、美涼は傍らで朝食作りに没頭している。


 はやいもので、あの八つ当たりから1週間が過ぎていた。

 その間、何度も何度も謝ろうとは試みているものの、なかなか実行には移せずじまい。

 今も機会をうかがうようにチラ見してはいるのだが、


「……ちょっと魚のお皿取ってもらえる?」

「……んっ」

「……ありがとう」

「……うん」


 いざ話しかけられれば、美涼の目を見ずにぶっきらぼうにお皿だけ出して手渡すだけ。

 こんな片言の言葉しか交わすことが出来ないでいる。


 色々気にしてしまうのか、謝った後の反応がこわいのか、ただただ恥ずかしいだけなのかは自分でもよくわからない。

 ただ言えることは、時間が経てばたつほど、話す言葉も短くなりどんどん話しづらくなっていっているような、そんな沼に嵌ったような気分になっていた。


 それでも美涼の方は相変わらず話しかけては来てくれる。

 だが、その内容は何となく躊躇いがち、遠慮がちになった気がする。

 ときどき相手を探るようにみては考え事をしているようにも見え、気を遣わせちゃっているのかもしれない。

 だけどそう思うと、余計に色々と考えてしまって……。


(あー、くそっ……)


 しっかりしろと鼓舞するように額を叩く。

 この癖が最近多くなったおかげで、少しおでこが赤くなっている気さえする。


 そうこうしているうちに、フライパンの上の生姜焼きがいい感じで焼きあがった。

 まだ少し湯気の上がる白米の上に一枚一枚見栄えよく乗せていく。卵焼きとミニトマト、それにほうれん草の胡麻和えを盛りつければ色和えも良くなり、お昼の食欲もより湧くだろう。


 台所にはお味噌汁のいい香りが漂い始めていた。

 美涼は作業終わりと言うように、エプロンを脱いでお茶碗によそり始める。


「おー、今日も美味しそうだ。いただきます」

「お弁当も毎日楽しみだしね。私も週一での当番しっかりしなくちゃ」

「樹君、お弁当の彩はまあまあよね」

「……そりゃあどうも」

「お料理上手なお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、日奈は鼻が高い」


 それでもダイニングテーブルに家族が集う食事の席では俺も普段通りを装う。

 両親や日奈に余計な心配かけたくない。その気持ちは変わらない。


「樹は文芸部に入ったんだっけ?」

「んっ、ああ……運動得意ってわけでもないし、ラノベとか好きだから」

「……あたしもそろそろ部活決めないと……」

「美涼は色々考えすぎないで、自分の入りたい部に入りなさいね」

「わかって、るわ……」


 ふと隣から視線を感じて、ちらりと見れば美涼が箸を止めたまま俺をちらちらと見ていた。


「な、なに?」

「そ、その……樹君、あたしちょっと見学したい部があるから、放課後付き合ってもらえない……?」

「っ!?」


 思わず咽そうになる。

 それは予期していない申し出だった。

 この1週間で大方の運動部への仮入部は終えたはずだ。

 その方々で活躍していたことは嫌が応にも耳に入ったし。


 他に見学したい部なんてないだろうに、やはり気を遣わせて……?

 だとしても、両親や日奈の温かい目がある中で無粋な態度は取れないし、取りたくもない。

 それに美涼の意図はどうあれこれは話をする、謝れるチャンスでもあるわけで……。


「……大丈夫?」

「お、おう。別にいいけど……」

「じゃ、放課後にね」


 そう思えば了承以外になかった。

 ふっと口元を緩めた美涼の自然な笑顔に思わずドキッとして、それを誤魔化すように少し冷めてしまったお味噌汁を一気に飲んだ。



 ☆☆☆



 日奈を送っていき、朝の電車内では相変わらずこっちからは話しかけられずにいる。

 今朝は少し感じが違ったから、自分自身に期待はしてみたものの実際は変わらない。

 2人きりになると途端に口を噤んでしまうのは相変わらずで、何度か謝ろうとは試みるものの、やはり簡単ではなくそのたびに顔をしかめてしまう。


 それでもこのままじゃいけない。その想いは今朝のこともあってか強かったのだろう。

 電車から降りるときにようやく名前で呼ぶことが出来た。


「……美涼……」

「なに?」


 外で目が合うのですら久々で、思わず鞄を持つ手に力が入る。

 とにかくまずはごめんと謝ればいい。

 その後のことはなるようになるさのはずだった。


「美浜さん、おはよう。部活入部するの楽しみにしてるから」

「……」


 謝罪しようとしたその時、違う車両に乗っていた運動部の先輩らしき人が親しそうに声を掛けてくる。

 美涼はそっちに頭を下げるだけだったが、俺の方は頭の中がリセットされてしまったのか、


「放課後だけど、俺が付いていくと美浜の評判を下げるかもしれないから、朝言ったことはなしにしてくれ」

「えっ、ちょっと!」


 せっかくのチャンスを自ら不意にする言葉を投げかけてしまう。

 自分でもなぜそうしたのかがわからず混乱する。

 顔を伏せたまま、俺は美涼を追い越して学校へと向かった。


(またかよ……)


 また額を強く叩きすぎたのか涙を流しそうだ。


「おはよう、美涼ちゃん……あれ、どうかしたの?」

「うんうん、なかなか……思ってね、あの……は、一筋縄じゃ行かないわ」


 背後からは美涼のそんな声が聞こえてきていた。

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