第26話 ☆何やってるのよ、あなたは(ヒロイン視点)

 最近、あたしと樹との間は妙にギクシャクとしていた。

 今日だって午前中の休み時間、話しかけようとしても、先日のテスト返却の時のことが脳裏をちらつき、躊躇ってしまう。

 このままで良いはずがない。

 そう、今はまだいいけど、このまま家の中の空気まで悪くなってしまうと、お母さんにも心配を……うん、よし、今度の昼休みこそ声を掛けよう!


「……っ」

「ちょっ…………ぁ」  


 だけど樹は声を掛ける機会を掴ませやしないと、さっさと立ち上がり扉に向かう。

 思わず虚を突かれたものの、気を取り直して追いかけようとするも、たちまちクラスの女子に囲まれてしまった。


「一緒に食べよう。美浜さんのお弁当今日はどんなのかな……?」

「料理も上手なんてなんかずるいよね……」

「美涼、おかず交換しない?」


(あー、もう!)


 少し自分に腹を立てながらお弁当を出せばいつもと違うことに気がつく。

 どうやら樹がうっかり間違えたらしい。


「あれ、今日美涼ちゃんのお弁当いつもより大きい?」

「うん……みんなごめんね。今日は先約があって……」

「もしかして美涼ちゃん、お昼一緒にとか誘われたの?」

「んなっ! それってバスケ部の先輩?」

「違うよ。ちょっと急ぐから」


(しょうがないなあ、文句の1つでも言ってこれを話すきっかけに……)


 そんなことを思いながらあたしは廊下へと飛び出す。

 あとでちゃんと訂正は必要だろうけど、上手く抜け出せたことは抜け出せた。

 ほんとみんなその手の話が好きなんだから……。


『野球部の先輩カッコよかったよ』

『あー、マネージャーする人多いみたいだよね』

『電車内で他校の人に声かけられたんだけど、その人が凄いイケメンで』


 最初はたわいない話でも、油断しているとこれぞ高校生と言わんばかりに異性の評判や恋愛話にいつのまにか発展してしまう。

 中にはクラスメイトの~君がいいとか探り合いやけん制しあうような視線も飛び交ったりもして、圧倒され、相槌を打つのも一苦労だったりする。


 年頃だしそういう話をしたいのはすっごく理解できる。


 男子はどうかといえば、


『彼氏いたりする?』

『立候補させてください』


 言い方は悪いかもしれないけど、そんな色目を使ったアピールが多い。

 中学時代にクラスでは言われた記憶はあんまりない。

 だからそういうときどう答えていいのかわからない。

 肩は凝るし作り笑いで口元は引きつくしで気疲れがじわりじわりと溜まる日々。

 まだみんなと知り合ったばかりで気心を知れていないから余計になんだか疲れちゃうのかな……。


 中学の時は、いい加減な樹の愚痴を毎日のように周りの友達に聞いてもらって、それでなぜか揶揄われたり茶化されたりもしたけど……。

 比べるのはおかしいけど、あたしはその時のような和気あいあいとした雰囲気の方が好きだから。

 樹の憎たらしい顔が浮かんでしまってなんか腹立たしい。


(あっ!)


 そんなことを考えていたら、樹と仲のいい佐野君が前を歩いているのを見つけた。


「佐野君、い、入間君はどこ?」

「樹なら向こうの方に行ったよ」

「……えっ、あのそれって、佐野君と一緒にお昼食べてるんじゃないの?」

「うんうん、こっちも昼練とかで忙しいから」

「そう、なんだ……」

「樹、あんまり元気なさそうだったけど、どうかした?」

「……わかんないけど大丈夫、だと思う。捜してみるわ、ありがとう」


 佐野君の話を聞いて、あたしは頭を下げて足早に遠ざかる。

 クラスにまだ馴染めていないのは知ってる。

 だから仲がいい隣のクラスの佐野君と一緒にお昼を食べていたと決めつけてた……。


 思えばあんな大声出すなんて樹らしくない。

 何か悩んでそうなのは気づいてたけど……。

 もしかして、あたしが思っている以上に追い込まれてたのかな……?

 独りぼっちになっちゃってる?

 それならそれでもっとあたしを頼ってくれてもいいじゃない!

 中学のノリでって言ったのはどこの誰よ!


 思わぬことを知って、浮かんでくる疑問に答えを見つけていくと頭が真っ白になりかける。


 同居を始めた時、張り切りすぎていた自分を樹は何も言わずにフォローしてくれてた。

 人にはあんなにお節介焼いていたのに、1人で頑張りすぎるなって言ったのに!


 樹への感情とちゃんと気づいてあげられなかった自分への怒りがふつふつと湧いて来る。


 思わず唇を噛み締めてしまう。


 両親や日奈ちゃんの前では無理に明るくふるまって、今朝だって……。


(意地っ張りなのはそっちじゃない!)


 考え出すと妙に心配になってくる。

 表情がどんどん険しくなりながら樹を捜し、そして図書館前のベンチに腰かけているのを見つけた。


「やっぱり同じクラスだったのか。ごめん、まだ全員覚えてなくて」

「あはは、私、影薄いってよく言われるし……」

「いや、そんなことないんじゃない。俺に話しかけてくる時点でコミュ力相当だし」

「うーん、面識のない人は苦手ですよ……でも、いい人か悪い人かは見分けられるから」


 でも1人ではなかった。あの子は確か、三井静菜さん。

 以前、絡まれてたところを助けたことがあったけど、まさか同じ高校とは驚いた。

 向こうも覚えていて周りに気づかれないようにそっとお礼を言ってくれた律儀な子。


 決して知らない相手じゃない。

 今あたしが出て行けばその時の話も出来るし、今度こそ樹とも話しやすくなるかも……。


(何やってんのよ、あなたは!?)


 第一声はそんな文句を言う。そのつもりだったのに。


 だけど、樹が教室では見せたことのない楽しそうな表情をしているのを見ると金縛りにあったみたいに動けない。

 気づいたら両手を強く握っていた。


(なんでこんなにイライラしてるの、あたし……?)

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