第22話 実力テスト
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ただただあの場から離れたい。
そんな思いで一度も振り返ることなく、自ずと早足になって駅まで向かう。
この時間、車内は学生の数が多い。
普段は気にならないけど、今日は近くにいた男女のカップルらしき人が目に入った。
「あー、あの英語教師か。なんかいい評判聞かないな」
「えっー、じゃあわからない所は先輩教えてくださいよ」
「しょうがねぇなぁ、なら今から家くるか?」
「もー、それ本当に勉強ー?」
仲よく話す彼らを見ていられなくて、そっと目を逸らす。
胸には何とも言えないものが渦巻いており、きゅっと唇を結びこぶしを握り締めた。
(あー、このままじゃダメだ)
日奈に心配はかけたくない。
そんな思いで電車を降りると、首を何度も横に振って、額を叩く。
保育園に向かう間には何度も深呼吸してどうにか平静を保てるように試みる。
「あら、樹君今日は1人なの?」
「はい……」
「やだぁ、喧嘩でもしたの?」
「いえ、美涼はまだ部活だから……」
今日も保育園の入り口付近は若いお母さんたちのお喋りで活気づいていた。
なんとなく回避したかったが、挨拶をしないわけにもいかず軽く頭を下げた途端になんだか心をえぐられる言葉が飛び交ってしまう。
「そ、そういえば高前駅に出来たモールですけど……」
「ああ、あそこ週末凄い人でしょ。よく家族で行くよ」
「学校から近いから、寄れるの良いわね。シュークリームの美味しいお店入ってるのよね」
引きつったような顔で何とか話題を変えることしか出来ない。
「お兄ちゃん!」
それでも、俺を見つけて走って来た日奈を見ればちょっと気分が落ち着いたので、足早に挨拶を済ませてその場を立ち去った。
「日奈、新しいお友達出来た」
家までの帰り道にそんな報告をしてくれる。
「おー、よかったな」
「うん。お兄ちゃんのおかげで、日奈話しかけられたよ」
「それは日奈が勇気を出したからだぞ」
「そうかな、えっへん。今日、美涼お姉ちゃんは?」
「あー、お姉ちゃん部活忙しそうだったから、今日はお兄ちゃん1人で来たんだ」
「……何かあったの?」
いつも通りのやり取りをしているはずなのに、日奈はやっぱり勘がいい。
心配そうな顔で見つめられると、つい話したくはなるけど、自分の行動がよくわかってはいなかった。
「いや、俺は大丈夫だ」
情けない兄貴だと思いつつも、そんな強がりを吐いてしまう。
「ちょっと樹、日奈ちゃんの迎えは一緒に行くはずだったはずよ。なによ、このメッセージは!」
「……」
俺と日奈が帰宅してから、すぐに美涼も血相をかえた顔で帰ってきた。
もう少し遅くなるだろうと考えていた俺が甘かったようで、リビングに居たところを捕まってしまう。
「しかも返事したのに、あなた読んでもいないでしょ!」
「……悪い」
「ちょっと、どこいくのよ!」
美涼の目を見ることも、きちんとやりとりも出来ず、俺は部屋へと駆けていく。
普段なら一緒に夕飯の支度をするところだが、今日は広実さんも早く帰って来るらしく作ってくれることになっていた。
本当にありがたく、救われる。
時間さえ立てば何とか出来る、そんな根拠のない自信を持って俺はしばらく部屋へと籠った。
一時間後、ダイニングテーブルにはさくらご飯、豆腐とねぎのお味噌汁、ひじきの煮つけ、きんぴらごぼうなどが並んでいる。
それは俺が作るメニューよりもどこか家庭的で少し懐かしい気持ちになった。
「お腹空いたでしょ」
「はい……美味しそう」
隣に座る美涼をちらっとだけみて俺は席に着く。
いただきますをすれば、たちまちおかずの量が減っていった。
俺と日奈、それに親父も普段よりも食べるペースが速く感じる。
お腹はすいてなかったが、食べ始めるとどんどん食欲が湧いてきていた。
それに味付けもよく本当に美味しい。
広実さんも料理上手なんだと確信する。
「さくらご飯、最近作ってなかったな……給食の時一番好きだったかも」
「あたしも……献立ってその時によって偏っちゃうからね。毎日してると、あたしもついレパートリー狭めちゃうし」
「……そうだな」
美涼の言葉に俺は小さい声でしか反応できない。
隣からはたびたび視線を感じたが、極力そっちを見ないようにしている自分自身になんだか苛立ちを覚える。
「いつも2人に作ってもらってばっかりだけど、たまには私にも作らせてね。博さんに料理出来ないと思われたくないし」
「ほんと僕は幸せ者だなあ」
両親のなんだか熱いやり取りに苦笑いを浮かべながら、俺はご馳走様をして席を立つ。
食器洗いも今日は美涼と並んでは出来そうもなく、自分の分だけ洗って部屋に上がって行く。
お風呂に降りて行った時も、寝る前も美涼は何か俺に話したそうだったが、俺は有無を言わさずに回避する始末だ。
「ちょっと樹、話が……」
「っ!」
「待ちなさいよ!」
そのたびになんだか苦しくなって、自己嫌悪に襲われた。
☆☆☆
翌日も家の中では会話はめっぽう減って、朝の登校は日奈を送っていくこともあり一緒だったが2人きりになるとあまり喋らない。
自分でも間違った行動なのはわかってはいるものの、でも正し方もわからず、どうすることも出来なくて、額を叩く回数だけは増えていく。
「美涼ちゃん、おはよう。なんか昨日も凄かったんだって」
「……おはよう」
改札を出るまでは一緒だったが、クラスメイトが合流したのを見て俺は足早に学校へと向かう。
(んっ?)
独り言を呟きながら教室に入ると、この日はなんだかいつもと様子が違っていた。
みな参考書に真剣な眼差しで目を落とし、お喋りしている人もいない。
図書館に居るみたいに静かでノートを書く音と、ページを捲る音だけが聞こえていた。
俺の後に登校してきた美涼たちもお喋りを止め、当たり前のようにノートを開いている。
クラスで俺1人だけがいつも通りだった。
「それじゃあ、答案用紙を後ろに回してね」
(えっ!?)
ホームルームが終わり、担任の先生から発せられた言葉に唖然としてしまう。
答案用紙ということは、どうやら今日は実力テストの日だったらしい。
周りの様子からしてもそれをわかっていたのだろう。
もしかしたら先生が言っていたのかもしれないし、告知されていたのかもしれない。
確実なことは、俺はそのことをまったく知ってはいなかった。
突然始まった実力テスト。
後ろから見ても美涼がスラスラと答えを書いていることは明らかで、問題用紙に目を通しはじめた俺は対照的に早くも頭を抱えてしまう。
時間が経過して行っても解答用紙は思うように埋まらず、何とも言えない焦りだけが心を蝕むように高まっていった。
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