第21話 なんだよ……

 数日が過ぎ、俺の方からは妙な誤解が生まないように出来るだけ距離を取る日々が続いていた。

 美涼の方はどうかといえば、全く変わらずに話しかけてきてくれている。

 心の中にもどかしい気持ちを感じながらも、そんな美涼に対して俺はぞんざいな対応をしてしまいがちだった。


 その結果、周囲の目がなんとなく冷たくなってきていると感じながらも、どうすることも出来ていない。


「サッカー部、入部希望者多すぎ」

「そりゃあテニス部も一緒だ」

「バスケ部なんて土日祝日休みないらしいぜ」


 教室の雰囲気も少しずつ変わりつつある。

 クラスメイトの話題が各部のことに移行しつつあることは、やり取りに参加しなくても明らかだった。

 さすが部活も有名な進学校。

 佐野も入部したのか気になって隣のクラスに顔を出す。


「やっぱりテニス部に決めたよ。今日から早速本格的に練習だってさ」

「そ、そっか……」

「昨日もう一度見学に行ったら、2年の先輩にすごい綺麗な人が居てさ、スマッシュの時なんか胸が揺れて……」

「お前、年上好きだもんな……」

「そんなことないって! でも、そんな先輩と話したら、テニスの素晴らしさにさらに目覚めたよ」


 佐野は握りこぶしを作って鼻の穴を大きく広げた。

 楽しそうに部のことを話す友人を見て俺は少しほっとする。

 それと同時にそろそろ本格的に探さないとまずいかと思い始めた。




 だから放課後になると、自分を鼓舞して1人で文科系の部室棟へと足を運んだ。

 生徒手帳で確認すれば、文科系の部の数も中学のそれとは比較にならないくらい多い。


「そういえばオリエンテーションの時に珈琲研究会さんに声を掛けられたけど、好きなことをって感じが伝わって来たっけ……」


 そんなことを思いながら記載された部の一つに興味を惹かれる。

 そこを見学してみようとしたときだ。


「おっ一年生、部活決めてない? そうか、そうか、書道部が君を呼んでるぞ」

「っ! ……えっ、書道……」


 男子の先輩に声を掛けられびくっとしてしまう。

 上手く言葉が出てこなくて、はっきりと断れないことを申し訳なく思いながらも頭を下げて離れる。

 すると今度は、この前も声を掛けてくれた演劇部の女の先輩が俺の肩をちょんちょんと叩いた。


「ねえ君……あっ、この前の背の高い男の子!」

「っ!」

「いいよ、いいよ。演技とか出来なくていいから入部してみない?」

「……あの」

「んっ、びっくりさせちゃったかな?」

「いえ、し、失礼しましゅ!」


 ほぼ初対面、それも先輩で女の人。

 その距離も近く、それだけで狼狽えてしまい、顔も見ることさえできずに逃げるように駆け足で遠ざかる。

 声も裏返ってしまった。恥ずかしくて後ろを振り向けないな。


(んっ?)


 そのまま各部室を横切っていると、半開きになっている隙間からは将棋を指す音や発声練習など聴こえてくる。

 どの表情も楽しさよりも真剣さの方が際立って見えて、それは仮入部している一年生の顔も同じだった。

 部を見て回っているだけの自分との熱量の違いを明らかに感じる。

 文科系の部を侮っていたかもしれない。

 それと同時にほんとに部活が盛んなんだと改めて理解した。


 ようやく『文芸部』と描かれた部室へとやってくる。

 ラノベも読んでいるし、部の名前だけだけど一番興味を持ったのがここだった。


 ドアが少し開いていたので、その隙間から中の様子を覗き込むと、パイプ椅子に座り先輩らしい女の人が静かに本を読んでいた。

 長いストレートの黒髪が風に少し靡いている。

姿勢が良く落ち着いた雰囲気で、なんだかそれだけで絵になる感じだった。


(……よかった。1人みたいだな)


 ノックしようとするも、緊張してしまって何度か空叩きになる。

 深呼吸したあと、ようやく叩くことが出来た。

 だが少し待っては見たものの、中からの反応はなく再び中を覗き込む。


 あれ、おかしいな……?


 もう一度ノックしてみてもやはり反応がないので、ゆっくりとドアを開け中に入った。入ってしまった。

 鞄を握りしめて、少し近づいて先輩を見てみるとすごい集中力で本を読んでいる。

 こりゃあちょっとのことでは気づいてもらえそうにないぞ。

 かといって、初対面なこともあり話しかけるのには躊躇してしまう。


 手持無沙汰なこともあり、辺りに視線を彷徨わす。


 室内は整理整頓が行き届いているというか、余りものがない。

 横長のパイプ机が間隔をあけて2つとパイプ椅子は先輩が座っているのを含めて4つ。

 壁側には大きな本棚があって出版社別に文庫本が数多く並んでいる。


(ある、ある!)


 その中には俺も美涼も好きな『文芸部内の恋愛事情』も目に入り少しテンションが上がった。


「……あら、気がつかなくてごめんなさい。新入生?」

「……」


 よそ見をしていたら、先輩が顔を上げてくれたことに気づかなかった。

 咄嗟のことで声が出ず、うんうんと頷いて辛うじて反応する。

 先輩はふっと柔らかな笑みを浮かべると、うーんと大きく伸びをして俺の方をちらっと見た気がした。


 緊張していた俺は先輩の顔をまじまじとは見れず、何も話せない。

 そんな俺に先輩はゆっくりと文芸部の説明をしてくれる。

 部の活動時間、鍵の置き場所、それから部内の人を好きになったときの相談方法を人差し指を左右に動かしながら話してくれた。


「……あの、それって……」

「んっ、以上説明終わりです。何か相談事があれば私がどんっと解決してあげる」


 何だか凛としていて、頼もしい先輩みたいだ。

 無理な勧誘もしていないようだし、どう見ても人数も少ないだろう。

 そしてなにより日奈の迎えには全く支障のない活動時間。


「……あの、確認なんですけど、遅くまで残る日とかってありませんか?」

「うん。来たいときに来てくれれば。これ、いちおう入部届……」

「……」

「えっ、もう名前書いちゃう!」


 とりあえず仮入部と思っていたけど、先輩の差し出した入部届けにその場で名前を書いていた事に自分でも驚いた。


 その後は少しだけ話をして部室を後にする。

 校庭に出るとなんだかやけに騒がしい。


「また、あの子だぞ」

「どの部にするんだろうな?」


 そっちに近づいて行ってみるとドラックの周りに人だかりが出来ていて、その視線の先には美涼が居た。


「すごい美浜さん、これ今すぐにでも県の大会で上位に入れるぞ」

「いえ、そんな……」

「スタートやフォームを身に着ければタイムはもっと伸びるよ。幅跳びや高跳びも見て見たいな。陸上やってみない?」

「褒めてくださってありがとうございます。もう少し他の部も見て回りたいので、少し考えさせてください」


 どうやら陸上部に仮入部してまた活躍したようだ。何をやっても美涼はほんとに凄い、俺とは全然違う……。

 それに興奮気味に勧誘している相手は先輩でしかも男子なのに、きちんと話せている。

 話すことへの戸惑いや緊張もなさそうで……。


「なんだよ……」


 無意識にそんな言葉が出てしまう。


 なんだか先輩男子と話をしている美涼をこれ以上見たくなくて、見ていられなくて気づけば背を向けてしまう。

 それだけじゃなく、『日奈の迎え、今日は1人で行く』そんなメッセージまで打って、俺は逃げるように学校を後にした。

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