第20話 目立つ美涼と目立たない俺
翌朝、美涼と共に日奈を保育園に送っていき、俺たちはそのまま駅へと向かう。
通勤ラッシュ時刻で学生や通勤客で想像以上に混雑していた。
人混みをかき分けながら美涼と共に慣れない手つきで改札を通る。
「すごい人だな」
「一本、速めにして正解だったでしょ? 次はもっと混むみたいだし」
「そ、そうだな……」
「なにをきょろきょろしてるのよ?」
「いや、別に……」
席に座れることはなく俺たちは並んで電車に揺られる。
台所で作業しているときと同じくらいの距離感だけど、なんか場所が違うだけなのにやけに近く感じた。
だからか、周りに同じ学校の子がいないか確認してしまう。
「そういえば、日奈ちゃんだけど……」
「あ、ああ、日奈は寂しがり屋だからな。昨日の夜からちょっと気にはしてたんだけど……」
今朝の日奈は明らかに元気がなかった。
いつもは自分から相談してくるけど、それも出来ないくらい考えていたんだろうな。
話を聞いたら、保育園のクラス替えで仲良しな子と別れてしまうかもと心配と不安を口にした。
「樹の言葉、説得力あったわよ。まああなたは新しいクラスメイトを前に話しかけられてないけどね」
「ほっとけ……」
自分のことは棚に上げて日奈を励ますのは当然のことだ。
話を聞いて保育園に元気に駆けて行くのを見てほっとした。
「ほんといいお兄ちゃんしてるわよね……そうだ、日奈ちゃんの迎えだけど、淋しがらないようにあたしも行くわ」
「……いや、今日も部活まわるんだろ?」
「そのつもりだけど、時間には間に合わせるわ。ほらネクタイ緩んでるわよ」
「……お、おう」
そんなやり取りをして、電車を降りる。
大きな駅だけあって乗った駅よりもやはり人混みが多い。
改札を通るのも一苦労だった。
一息ついてゆっくりと学校に歩こうと思ったのも束の間、違う車両に乗っていたであろうクラスメイトの女子たちに美涼は囲まれた。
美涼目立つもんなあと思いつつ、なんとなく空気を読んで自然と俺は距離を置く。
「美涼ちゃん、おはよう」
「おはよう。みんなもこの電車だったんだ」
クラスメイトとはいえほぼ面識のない女子にこちらから挨拶できるなら、人見知りだとは思わない。
いくら美涼がいるからと言って女子グループの中にはどう考えても自分からは入りずらいしな。
そう思いながら、改札を出て美涼たちの少し後ろをついていく。
何とも言いづらい気持ちだった。
「中学の時より少し早起きしないと学校に間に合わないのがつらいね」
「たしかに、中学は自転車通学で行けたからね。美涼ちゃんは?」
「あたしも電車通学は初めて。起きる時間はあんまり変わらないけど……慣れるまでは大変そう。ねっ、入間君」
何も言わずに追い越していくのはなんだか気が引けるなあと、並びかけた時だった。
美涼に名字を呼ばれ体が強張る。
他の女子の目もこっちに向いてしまい、ぎこちなくなりながらも挨拶するのが精いっぱいだ。
「っ! えっ、ああ……お、おはよう」
「おはよう。あー、おんなじクラスの、えっと」
「まだ男子の名前まで覚えきれてないわよね。入間君よ。あたしたち同じ中学だったの」
「そうなんだ。私、同中の子いないからなんか羨ましいな」
「……あなたも電車通学じゃ中学の時みたいにそうそう遅刻は出来ないわね」
「そ、そうだな……そっちもアホみたく注意できなくて残念だったな」
「っ! い、入間君、ちょっと大人になりなさいね」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。美浜さん」
お互いムッとした顔で睨みあう。
急に話しかけてくるなと目で合図したつもりだが、ため息をつかれ笑われた気さえする。
挨拶は出来たでしょと言われている気分だ。
「あれ、なんかすごく仲いい?」
「も、もしかして2人付き合ってるの?」
「「っ!」」
クラスメイトの女子たちには楽しそうな目を向けられる始末。
反省してももう遅いが、つい状況を考えずに中学のノリが出てしまった。
中学の時も周りの目は変わらなかったかもしれない。
けど、あの時とは違って俺は自分の気持ちを自覚してしまっている。フラれた今でもだ。
それに義理でもきょうだいなわけで……。
頭の中では次々に色々なことが浮かんで、鞄を持つ手には力が入る。
「あたしたちはそういうんじゃない、けど……」
「お、俺、先に行く」
「えっ、ちょっと!」
美涼の視線を背中に感じながらも、俺は立ち止まらず逃げるように校舎を目指した。
そんなことがあっては、教室でも美涼と会話するのは遠慮気味になる。
だってそうだろ。俺たちの関係をなんて説明したらいい?
親の再婚できょうだいになって一緒に住んでるとか、簡単に事実を述べられるとも思えない。
嘘をつくのは苦手だしな。
(あー……きょうだいってこと、俺は妙に気にしてるのかもしれない)
だが、そんなこっちの気持ちとは裏腹に、美涼はといえば何事もなかったように休み時間に俺の側へとやってくる。
美涼の周りの女子が楽しそうな顔でひそひそと話しているのが目についてしまう。
男子も何事かという目でこちらに目が向く。
「次、漢字の小テストあるらしいわよ」
「……そっか、ありがとう」
「……」
「……」
美涼なりの気遣いというのはすぐにわかった。
俺が誰とも話さないでいるのを気にしてくれてるんだろう。
美涼は周りのことを気に掛けたりするし、そういうところも……じゃねえ!
本来ならば、意地悪く何か言うのだが朝のことも周りの目も気にして、だから結果的に端的なやり取りになってしまう。
美涼がどんな顔をしているのかさえも見られなかった。
まったく何が中学のノリだよ。
昨夜の俺に説教したい気分だ。
そんな一日が過ぎ、放課後になる。
疲れた。果てしなく疲れた1日だった。
文科系の部を回ろうとしていたのが、仮入部期間は長いこともあり、気がつけば下駄箱の方へと足が向き校舎を出ていた。
グラウンドを眺めれば、美涼が昨日のバスケ部の先輩に捕まっている。
さてどうするか。美涼と決めた時間まではまだかなりある。
「……すいません、妹を保育園に迎えに行かないといけないので、今日はこれで!」
(……はっ?)
とりあえず駅で時間をつぶすかと歩いていると、そんな声が耳に届く。
空耳だろうと思ったが、少ししてあろうことか美涼が追い付いてきた。
「お、おい……」
「い、一緒に日奈ちゃん迎えに行くって言ったでしょ! なに1人で帰ろうとしてるのよ?」
「……時間になったらまた戻ってくるつもりだったんだが……」
「そ、そうなの……紛らわしいわね」
「勘違いしたのそっちな」
「ま、まあいいわ。ほら行くわよ」
朝は気がつかなかったが、すでに美涼は学校内の生徒の間で有名になっているらしい。
「お、おい、あの子だろ」
「あー、噂の一年生」
「マジで美人じゃん」
駅までの間でも自然と生徒の視線を集めていた。
なんだかなあ。色んな事が頭を過って……。
行きとは違い、電車内でも俺はあんまり会話が出来なくなってしまった。
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