第19話 家ではいつも通り
高校生活初日を終え、俺と美涼は並んで台所に立ち夕食の用意をしている。
特に待ち合わせなどしていなかったが、帰り道で一緒になってそのまま帰宅した。
「日奈、ちゃんとお留守番できた」
「おーえらいぞ、日奈」
「日奈ちゃん、ただいま」
玄関を開ければ、淋しかったとばかりに勢いよく日奈が駆けてきたのはついさっきのことだ。
その無邪気な顔を見ると何だかほっとした。
長い時間独りぼっちにさせてしまったが、それでも1人でお留守番出来るようになったことを褒めてあげたくて、思わず頭を撫でてしまった。
入学式の今日は授業もなかったが、それなりに緊張していたこともあって思ったよりも疲れた気がする。
今日の献立はシチューに春巻き。バゲット、サラダ。
それにデザートで作っておいたミカンのゼリー。
「まさかあんなに部活が盛んな学校だったとは……」
「えっ、まさかあなた、そこ知らないで受験したの!」
「そのまさかだ」
「呆れた。機械の説明書とか絶対読まないでしょ?」
「しょ、しょうがねえだろ。学力が足りなくて勉強することしか頭になかったんだから」
「だからオリエンテーション始まった時、1人呆けてたわけね」
「見てたのか……」
「見えちゃったのよ。なににやついてるのよ? 真面目に部活回ったんでしょうね?」
必然的に話題は学校のことになる。
家でだとこうやって気兼ねなく話せることにどこかほっとする始末で、何だか表情も緩んだ。
嘘みたいだけど、なんせ学校では朝の登校時以外一言もしゃべっていなかったからな。
その分話したいことも溜まってるし、多少は饒舌にもなってしまう。
「あ、ああ。佐野と運動部は一通り回ったよ」
「佐野君と仲いいのは結構なことだけど……ちゃんとクラスメイトの子とは話せたの?」
「な、なんでそんなこと聞くんだよ……?」
「別に、ただなんとなく。教室ではあなたのイラっとする声聞いてない気がしたから……」
「……俺は絶えずお前のうるさい声を聞かされてたけどな」
「ほんと口の減らない奴! ふーん、でもその様子じゃほとんど喋れてはいないようね」
互いにムッとしながらいがみ合うと目が合う。
やはり家では変わらずいい関係だなと思ってしまうことが、怖くなる。
「見透かすなよ……中学の時は半分くらい小学校同じ奴いたけど、高校はほとんどが知らない人だから、話しかけるのにも躊躇するんだよ。おまけに駅前のモールの話や女優さんの話が多くて」
「ああ、その辺りは男子も一緒か。でもほら、みんながみんな流行に敏感ってわけじゃないし……ていうか、樹って意外と人見知りなのね……」
なんだか励ましてくれているように聞こえる。
まったくこういうところがほんとお節介だと思うし、ああもう……。
「そうかもしれない……保育園のお母さん方とも話せるようになったのはずいぶん経ってからだからな」
「まあ、確かに初対面だと話の話題とかも考えちゃうしね……」
「……幸いにも教室に初対面じゃない子もいるからな。学校では中学の頃のノリで話しかけるよ、美浜さん」
「仕方ないわね。まっ、話してあげるわよ」
その言葉に憂鬱だった気分が少し晴れる。
「……で、そっちはどうなんだよ?」
「どうってなに?」
「初日からすげえ人気者だったじゃないか……それなりの挨拶してたしな」
「ちゃんと褒めなさいよね。あたしだって緊張してたんだから……」
「おい、目を離すと包丁あぶねーぞ……」
「あなたのせいでしょうが。いつもいつも……」
「そっちが真に受けるからだろ……その、バスケしてたのをたまたま見たぞ」
「っ! そう……」
「……美涼はやっぱりバスケ部に、入るのか?」
「活躍すれば進学に有利になるし。でも……あー、もう別に、どうだっていいじゃない」
ちらりと隣を見ればさっきまでは春巻きの具材に使うピーマンとにんじんを細かくスライスしていたが、今度は玉ねぎやジャガイモなどシチューの具材を粗目にカットしている。
それに表に出てきたのはあの辛そうな顔だった。あんまり乗り気ではない、のか……。
なんとなくこの話題はスルーした方がいいのかもしれないが、それでも今の俺はそう考えながらも心配になる。
鶏肉と玉ねぎじゃがいもを炒めはじめながら背中越しに美涼に言葉を掛けた。
「なにか、あるならだな……」
「だからあたしのことはいいでしょ。樹こそどうなの、入る部決めたの? どこかには一応はいらないといけない決まりよ」
「まあ、日奈の迎えに間に合う部を選ぶよ。あんまり熱心な部は帰宅時間が読みにくいから……」
ソファに座っている日奈に目をやる。
明日から保育園も始まるんだ。
しっかりしているけどあれでかなり淋しがり屋だし、いつも以上に気にしてあげないとだな。
俺の視線に気づいて日奈がこっち笑顔を向ける。
「……運動部にしないなら文科系の部?」
「……うん、明日以降そっちを回ってみるつもりだ」
「……でもそっか、日奈ちゃんのことも考えて、か……」
「いや、そこ頭においてるけど、俺運動部に入りたいとかないし。美涼も入りたい部にちゃんと入れよな」
「よけいなお世話よ……あなたって、ほんとさ……」
「なんだよ……?」
「なんでもないわ! ほら手動かして、もたもたやってたら日奈ちゃんがお腹空かせちゃうでしょ」
美涼はぷいっと横を向くと、俺に指示を出しながら春巻きを包み始める。
台所にはいい匂いが香り始めていた。
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