第12話 不意打ち、それにまたまた空回り

 夕食後も日奈と一緒にお風呂に入ったりして、美涼は変わらず一生懸命だった。

 杞憂ならそれに越したことはない。

 そう思いながらソファに座り、何の気なしにテレビ画面に目を向け、いつもよりも膨らんだお腹を擦る。


 日持ちしにくい生野菜のサラダを食べ終え、オニオンスープは飲み終えた。

 ハンバーグと生姜焼きの残りは俺の夜食に。

 ポテサラは明日グラタンにすればいい。

 せっかくの初めての美涼の手料理だ。

 美味しいし、美涼に限らずだが誰かが作ってくれたものは出来るだけ味わって食べたい。


 もうちょっと手料理を食べられたという余韻に浸っていたいんけど、そういうわけにもいかない……。


 日奈の好物ばかり並んでたな。

 でもそれは明らかに作りすぎで、いつもの美涼じゃない気がする。

 このまま放っておいていいものか?


 学校行事の時をなんとなく思い出す。

 そういう時美涼はいつも頑張りすぎるんだ。

 合唱コンクールの時は歌いすぎて喉をつぶしかけていたし、体育祭の時は元から体調が悪いのに辞退せずに出場して終わった後にぶっ倒れてた。


 修学旅行の時は班の為に下調べを怠らず、前日に寝込んだというのも知っている。

 当日参加は出来たが無理をさせまいとする俺と喧嘩になり迷子になったりもした。


 新しい家族になって、頑張りすぎてる様は学校行事となんとなく被ってしまうんだ。

 一生懸命なのは美涼の魅力だけど、それでよく周りが見えなくなるからな。


(もしそうなら……)


 そんなふうにおもいを巡らせていると、どたばたと足音が聞こえる。


「お兄ちゃん! お姉ちゃんおっぱいおっきかった。日奈もおおきくなるかな?」

「あっ、日奈、髪まだ濡れてるぞ」

「日奈ちゃん、まだ乾かし終わってない……あっ」


 顔を上げれば、日奈がお風呂場から興奮したように駆けてきた。

 その後を追いかけるように、バスタオルを身体に巻き付けただけの美涼もやってくる。


 美涼の方もまだ髪も乾ききっていなくて、傍に来ただけでボディソープの香りが鼻に入った。


「……」

「……」


 完全な不意打ちだった。俺も美涼も驚き固まり、慌てて目をそらす。


「あれ、お兄ちゃんお顔あかい?」


 日奈のそんな言葉が他人事のように聞こえてくる。


「ひ、日奈ちゃんのことお願い!」

「お、おう……」


 先に我に返った美涼が慌ててこっちにタオルを投げ、大急ぎで浴室に戻っていく。

 日奈の髪を拭いてやりながら思う。


(あ、あいつ、いま絶対に俺の存在を忘れてたな!)


 嘘のような鼓動の高鳴りを自覚すると、一瞬だけ不安を忘れそうになる。

 こりゃあほんとに注意しないといけないようだ。



 ☆☆☆



 翌朝、欠伸交じりで1階に降りていくと洗濯機の前で美涼と遭遇した。


「おはよう……」

「……おはよう」


 どうやら洗濯が終わってさっそく干そうとしているらしいが、なんか難しい顔をして固まってしまっている。


「どうかしたのか?」

「……その……入ってたみたいで……」


 中を覗くと、服や下着のあちこちにティッシュが付着してしまっていた。


「あっ、ごめん俺が日奈のポケット確認し忘れた」

「えっ、樹のせいじゃ……」

「柔軟剤だけ入れてもう一回洗えば大丈夫。やっておく」

「その……洗剤も多めに入れちゃったみたいなの」

「そっか、ならすすぎを多めにしておくよ。洗濯する量増えたもんな。慣れるまで大変だよ」

「そうかもね……じゃあお願い」

「あのさ……」


 美涼の背中に声を掛けるが、何を言っていいかわからず止まってしまう。

 言葉の使い方は難しい。

 家族になって間もないこともあるのか、どうしても気を遣ってしまう。

 少しくらいゆっくりした方がいいと声を掛けたいのに、それは今の美涼を傷つけてしまいそうで、ためらいが出る。


「なに?」

「その、ティッシュでよかったよ。この前なあ、親父から渡された食費代ポケットに入れたまま洗濯しちゃってえらいことになった」

「それ、樹らしいじゃない」

「どういう意味だよ!」


(あー、何やってるんだ、俺は!?)


 思わず額を拳で叩く。


 心配で放っておけない気持ちは強いのに、こんなことしか言ってあげられない。

 くすりと美涼が笑ってくれたのは救いだが。

 なんだか歯がゆい思いをしながら、洗濯機のボタンを押す。


 そういえば家事の取り決めしたときに衣服を一緒に洗っちゃダメだと言われていない。

 年頃の女の子はそういうの気になるものだと思うけど……あいつほんとに余裕ないんだな。




 数時間後には親父と広実さんを見送り、この日から春休みに入った日奈も起きてくる。

 俺と2人でいるより、日奈がいれば……そう思ったのだが、なかなか上手くは行かない。


「引っ越し作業は一通り終わったけど、そのせいで少し汚れちゃってるから掃除するわよ」

「おう、了解」

「はーい」


 2人が越してくる前に目に付くところは俺1人でしてはいたが、確かに引っ越し作業で段ボールなりがそのままだし、いい気分転換になると思った。


 俺がリビングを美涼と日奈は廊下を綺麗にする。

 しばらくは作業に没頭していたが、


「たかーい」

「日奈ちゃん、危ないから登っちゃダメよ」


 廊下から日奈のはしゃぐ声と美涼の注意する声が聴こえる。

 そちらに顔を出すと玄関前に積みあがった段ボールが目に入り、その上に日奈が上っていた。

 段ボールの側には、この前縛ったばかりの俺の漫画雑誌まで。


「なんでここに……?」


 日奈を抱きかかえ、床におろしながら疑問が口に出る。


「だって明日って、雑誌とか紙類出していい日でしょ? すぐ出せるようにしておいたのよ」

「……その、うちの地区雑誌類は明後日だぞ。段ボールも……」

「えっ……」

「いや、間違えるのも無理はない。出しやすくしておくのはほんとその通りだ。ちょっと玄関片してさ、空いたスペースに積んでおこう」

「そ、そうね」


 引っ越してきてるし、そのくらいのうっかりは別に大したことでもない。

 ただ普段の美涼はしっかり者だから、余計に目立ってしまうというか、ちょっと気を張りすぎてるんじゃないかという気持ちがより強くなる。


 何か大きなポカを起こさなければいいんだけど……。

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