第11話 張り切って、空回り

 その日の午前中はリビングのソファで美涼の質問攻めにあった。

 聞かれたのは主に日奈の好きなもの、親しくしているご近所さんのこと、普段何をよく作っていたなどなど。

 美涼は俺の言葉に真剣な顔で聞き入り、時折メモを取ったりもしていた。

 一生懸命だ。

 その表情は放課後図書室に残って勉強しているときと被って、ドキリとさせられる。


「ちょっと何呆けた顔してるの……ちゃんと話を聞きなさい」

「聞いてる……いてっ、ひ、引っ張るな」


 目を逸らしていたのが気に障ったのか、耳を引っ張られる。

 久々な感覚だった。ひりひりと痛むけど、なんだか嬉しくなってしまう。


「なによその締まりのない顔は……話の続き」

「お、おお……日奈は、辛口よりも甘口の方が今のところは好みだな。カレーとか甘口をベースでやってる」


 よくわからないけど元の美涼に戻った、のか?


「うち結構辛口だったから、カレーは気を付けないといけないわね……ちょっとどこに行くの? 話はまだ……」

「昼飯作るんだよ」

「えっ、もうそんな時間……」


 何を作るか決めていなかったけど、トマトとキノコ類が少し傷んできていた。


「パスタでいいか?」

「えっ、うん、ありがとう……日奈ちゃんもパスタ好き?」

「ああ、そうだな。休みの時とか作ってあげると喜んでる。日奈は和風パスタとか好きだな」


 鍋にお湯を沸かしている間も話のやり取りは続いていて、それがひと段落したところでちょうど完成となった。


「へえ、香りもいいし、美味しそう……でも彩がいまいちね」


 美涼は見た目の感想を言って、なぜか席を立って冷蔵庫へと向かう。

 その手に持ってきたものは、お弁当に入れた茹でたとうもろこしの残りのお皿だ。


「まさかそれを……って、止めろ! 見た目は良くなるけどこのオイルパスタには合わねえ!」

「……そ、そんなわけ……」

「チーズとかならいいが、コーンは甘さで味が喧嘩すると思う。よっぽど好きなら別だが……入れるならサラダにトッピングしろ」


 コーン入りのオイルパスタもあるけど、個人的にはちょっと苦手だからなんだ。


「…………って、知ってたから。そうしようとしただけだし、早とちりしないで! 残り物はちゃんと美味しく食べないとでしょ」


 褒めてくれながらも、気づいたことを伝えてくれる辺り、ほんとらしい。

 残り物を美味しくもその通り。だけど、なんかその行動は……いや気のせいか。


 ☆☆☆


 そんなことがあっての日奈の迎え。

 保育園が見えてくると、まだ早い時間だったが入り口には若いお母さんたちの姿が目に入る。

 俺たちの姿を見つけると、少し驚いた様子で手招きされた。


「あのお母さんたちもいつもお世話になっている人よね?」

「ああ、そうだけど……」


 美涼のどこか張り切っている様子を感じて、なんとなく引き止めたい衝動にかられる。

 そんな俺の気持ちを他所に、美涼は手招きに応じて足早にお母さんたちの方に近づいていく。


「あらぁ、若いお母さん?」

「今日が初めて?」

「はい、日奈ちゃんの新しいお母さんです! これからよろしくお願いします、再婚したんです!」


(……誰が再婚した! 誰が!)


 思わず顔を抑え、その美涼の言葉に心の中で素早くそんなツッコミを入れる。

 

「日奈のおかーさんじゃないよ、おねーちゃんだよ?」


 話が聴こえたのだろう。しーんと静まり返った中で日奈がやってきての可愛い突っ込み。

 周りからはくすくすと笑い声が起きる。


 美涼は顔を真っ赤にしたと思ったらぎゅっと日奈を抱きしめ、日奈は美涼の頭をいい子いい子と撫でている。

 家族になって間もないけど、どう見てもその様子は姉妹で嬉しくなった。


 何だか少し疲れて家に帰れば、美涼はさっそくエプロンを付けて台所に立つ。

 少しは休めばと言いたくなるけど、なんとなくやる気をそぐようで憚れる。


「み、美浜、俺もなにか手伝うよ」

「……ありがとう。でも、朝とお昼はまかせっきりにしちゃったし、今夜はあたし1人でやるから……だからゆっくりしてて。お皿の置いてある場所もだいたい覚えたし」

「……そ、そうか。それじゃあ何か手が欲しいときは言ってくれ」


 目に見えてすごく張り切っているのを感じた。

 それは悪いことではないとは思うんだけど、さっきのこともあってかなんだか心配になっている。でも、それがなぜなのかがわからない。


 ていうか、やっぱり名前で呼べないな。


「どうかしたの……?」

「いや、なんでもない」

「そう……お父さんとお母さんが帰って来るのを待ってみんなで食べましょう」

「ああ」


 まあ、変に俺が口を出したりすると今朝のようにペースが乱れるおそれもあるし、きちんと任せた方がいいだろう。

 料理のスキルはあのノートを見れば疑うところはないし。


 日奈と一緒にテレビを見ながらもやはり美涼のことが気になってしまい、ちょくちょく目で追っていた。

 見ている分には何ら問題はない。

 鼻歌交じりで調理している様子を見れば緊張はしていないようにも思えるし。


 フライパンを煽り、鍋の火加減を見て、その合間にサラダにするのか野菜を切っている。

 次々にお皿に盛られて行くおかずの数々。


 あれ、どうみてもそれ品数多くない?

 そう思った時にはもう遅かった。


 ちょうど夕食が出来上がったタイミングで親父と広実さんも帰宅して、テーブルを囲む。


 美涼が作ったのは昼間質問で答えた日奈の好きなオムライスやハンバーグ、生姜焼きに……まあとにかくダイニングテーブルに乗りきらないくらいの品々が並び爽快だ。

 別皿でサラダもあって、こっちはオニオンスープか。

 なるほど彩か。見た目も鮮やかだな……じゃねえわ!


「す、すごいねこれは……」

「まあ樹君と美涼は育ち盛りだし……」

「人数が増えると作る分って難しい、よな」

「日奈の好きなものいっぱい。いただきます」

「……」


 いつもの美涼なら何か言ってうまく誤魔化しそうなところだが、ただ黙っている。

 うっかり作りすぎたといえばそうなんだけど、なんだかやっぱりらしくないのか……?


 いや、そういえば前にもこんなことがあった。


 そうだ、合唱コンクール、修学旅行、体育祭などの学校行事。

 そういう時、美涼はやけに張り切っていて色々見えなくなって空回りしてしまっていた。


 あーそうか!

 なんだか心配になってたのはその時と重なるんだ。

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