第7話 同居開始
あの顔合わせ以来の週末。
役目を終えた引っ越しのトラックが家の前から走りさる。
話はとんとん拍子に進み、広実さんと美涼が越して来たのが今日だった。
運び出しと運び入れはスムーズに終わり、まだ午前中。
俺と日奈は美涼の部屋で、荷物を片付けていた。
引っ越し作業を率先して手伝い、余計なことを考える時間を作らない。
今朝自分自身に課したことだ。
そうじゃないと……いやいやダメだ、考えるな。
「どうかしたの、お兄ちゃん?」
「あっ、いやなんでもない……」
「お姉ちゃん、いっぱいぬいぐるみ持ってる」
「1人で留守番してること多かったから。気に入ったのがあれば日奈ちゃんにあげるよ」
「ほんと! 日奈、きれいに並べながら選ぶ」
日奈はまだ大きな荷物を運べないので、小物など負担がかからないものを美涼がその都度お願いしながら片付けていた。
俺はといえばドレッサーなんてものを間近で初めてみる。
化粧などはここに座ってやるのだろうか?
お母さんも使っていたのだろうが、興味もなかったしあまり目にしていない。
時間が経つごとに、段々と女の子の部屋らしくなって……少しドキドキしてきてしまう。
この辺りが子供なのかもしれない。
「ちょっとなにぼっーとしてるの。うーん、勉強机はやっぱりもう少し窓側の方がいいわね。ドレッサーはもうそこから動かさないから。もう一回だけ机を運んでもらえる?」
「……ああ、わかった」
部屋全体の家具の向きだったり配置が気になるのはわかる。
わかるけど、まさかこんなに細かく動かすことになるとは思っても見なかった。
「うん、ここでいいわよね……」
やっと決まったか。
ほんと、とことん妥協しないな。
美涼は学校で接してくる感じと今日も変わらない。
昨日の段階で今日は大きな音がするかもしれないということで、手土産を持ってご近所へのあいさつ回りも済ませていた。
なんでも広実さんは今日でいいかなと思っていたらしいが、美涼が言いだしたらしい。
そういうとこの気遣いはさすがだなと思う。
それをみても、美涼の方はどこ吹く風と言うように普段通りだ。
まるであの告白が幻だったみたいにも感じる。
でもそんなことはない、ないんだ。
俺はあの時を鮮明に記憶している。
落ち込んだけど、ちゃんと前を向ける、あの顔合わせの時まではそう思っていたはずなのに……。
やはり、いざ美涼を目の前にすると心は乱れる。
それでも考えないようにして、美涼に指示を仰ぎながら手伝いを全うすることに尽力した。
ちゃんとできたはずだ。2人きりじゃなかったのがよかった。
この場に日奈がいなかったらと思うと……考えたくねえ。
「そこの段ボールの中の物だけ片づけたら、あとは自分で出来るわ」
「おう……」
俺の役目が終わるころには、美涼の部屋は白が基調の大人っぽいシンプルインテリアの空間と、ぬいぐるみや漫画なども目に付く可愛らしさも際立った部屋へとすっかりと変わる。
「ありがとう、助かったわ。重くなかった?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
「おほん、じゃあ、今日からここはあたしの部屋なんだから、今からは勝手に入らないでよ」
腕組みをして視線を外さず、話を言い聞かせる美涼のいつものポーズだった。
お礼を口にしたかと思ったら、すぐに頭を切り替えている。
羨ましい限りだ。
心配しなくても頻繁に来ようと思うほど気持ちの整理は出来てない。
「……」
「どうしても用事があるなら、ノックが必須だから……ちょっと聞いてるの?」
「聞いてるよ」
「お兄ちゃんは勝手に人の部屋に入ったりしないよ。親しい中にも礼儀ありってわかってるから」
「……またどこで覚えてきたんだそんな言葉……けど、フォローありがとな」
「えっへん。日奈はお兄ちゃんの味方」
「……疑ってるわけじゃないの。それでも念を押しておきたいから」
「うん、日奈わかる」
美涼は日奈の頭を優しくなでる。
俺も良く言ってくれたと撫でたかったのに先を越された。
「なによ、その不満そうな顔は?」
「いや、なんでもない。じゃあ午後は自分の部屋の掃除でもしてるから、何かあれば言ってくれ」
「ええ……」
そんな片付けの時間が過ぎて……。
お昼は引っ越しということもあり、そばの出前を注文した。
うちは年越しそばもこの小梅屋さんだ。
広実さんたちも時々取っていたらしく、そばもうどんも両方とも美味しいからいつも迷ってしまうとはなしていた。
「博さんのお蕎麦半分貰おうっと……」
「それじゃあ僕は広実さんのうどん半分食べるよ」
博さんって言うのは親父の名前だ。
仲睦まじいやり取りが目の前で展開され、新婚だということを再確認させられる。
「……」
「……」
思わず隣に座っている美涼と目が合った。思っていることは同じかもしれない。
あてられるとはこういうことを言うんじゃないか……。
「お父さんとお母さんも仲良し」
「「っ!」」
日奈のその声に両親は顔を赤くして恥ずかしがるところがなんだか初々しい。
「そ、そうだ樹君、朝から手伝ってくれてありがとね」
「い、いえそんな……下もだいたい片付いてきましたね」
慌ててるような広実さんの声に返答していると、はやく食べたそうな日奈の顔が横目に映る。
「ちょ、ちょっと天ぷら大きいから、日奈は半分にして食べような」
「うん、ありがとうお兄ちゃん。いただきます」
日奈がそばつゆに少しつけた天ぷらに噛り付くと、すぐににこやかな顔になる。
それだけではなく、サクサクといい音も聞こえてきた。
日奈の笑顔に促されるように、俺も止まってしまっていた手を動かすことが出来る。
「ひ、日奈ちゃん美味しそうに食べるなあ……」
「日奈、ここの天ぷら好き」
「あ、じゃなくて、樹、君……ここ、天ぷらも有名なの?」
「ああ。ご主人、有名な揚げ物のお店でも修行したらしい」
「そうなの! い、樹くん、その少し天ぷらをくれる……?」
「……お、おう」
両親の前だからか、呼びにくそうに君付けで呼ばれた。
それも意志がある様に何度も。
そもそも名前で呼ばれること自体、教室ではなかったことなので、何だかそれだけでこそばゆい気がする。
多少猫を被っている印象だ。
だが、その他の面はやはり学校とほとんど変わらない。
まだ台所に慣れていないので、サラダなどの用意は俺に譲ったが、後片付けなどは手伝ってくれたし、親父と広実さんのお茶も何も言わずに注いだりしていた。
食休みが済むと親父と広実さんはまた片付けに戻っていく。
そろそろ俺もやるかとソファに目をやれば、日奈と美涼が楽しそうに話していた。
どうやら随分と仲良くなったらしい。
「お姉ちゃん、漫画の続きも読んでいい?」
「いいよー。あたしの部屋にいていいからね」
「うんっ。あっ、でもお兄ちゃんのお手伝いも日奈頑張らないと……」
「いや、こっちはいいから、今日はお姉ちゃんと遊んでみたらどうだ?」
「うん、お兄ちゃん、淋しくない?」
「俺は平気だ。そうだ。お姉ちゃんが怖かったら、いつでも俺に言うんだぞ」
「はーい」
「このっ、あなたは一言多いのよ」
日奈がいれば俺も多少気まずさは和らぐきがする。
しかし美涼はほんとに普段通りだな。
意識しているのは俺だけかとわかってしまうと、なんだかなあ。
いや振られているんだし、当たり前だけど。
この生活にちゃんとなれないとな。
よし、午後からは自分の部屋の掃除をしよう。
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