第6話 フラれた女の子ときょうだいに

 完全に想定外の出来事だった。

 目の前の美涼の顔を見るだけで鼓動が跳ね上がる。


「えっ、えっ……」

「お母さんたちはすぐに来ると思うわ……なによ、その顔?」


 辛うじてその声が耳に届く。

 美涼は全然驚いている感じがしない。

 発言からもたまたま居合わせたのではないと主張されている気分だ。


 それはいつもの制服姿じゃなく、少し光沢のある優しいピンク色のパーティドレス姿からも明らかだった。

 しかも、リボン型のネックレスまでつけていて、より大人っぽい雰囲気を感じる。

 ていうか、魅了される。

 顔合わせだ。この場にドレス姿は何もおかしくはない。

 ないが、凄く似合って……ってそうじゃねえ!


「……馬子にも衣裳だな」

「……あなたねえ、ちゃんと褒められないわけ?」


 動揺からそんなことを口走ってしまう。

 美涼は呆れたような反応で、いつものように腕組みをして俺の目を真っ直ぐにみてくる。

 だがそのこめかみをぴくぴくさせていて、それを誤魔化すように日奈の方に視線を向けた。


「こうやってちゃんと話すのは初めてだよね。美浜美涼、うんうん、今日から入間美涼かな……よろしくね、日奈ちゃん」

「入間日奈です。よろしくお願いします……お姉ちゃん、髪切ったんだ。似合う」

「ありがとう。日奈ちゃんは礼儀正しいね。お兄ちゃんみたいに口悪くなっちゃダメだよー」

「お兄ちゃん、恥ずかしがりやさんなの。だからさっきのは少し照れてる、感じ?」

「っ! ひ、日奈」

「へえ、さすが日奈ちゃん。お兄ちゃんのことよくわかってるね」

「えっへん」


 胸を張る日奈の言葉を訂正することはなんとなく憚れる。

 だが、このままというわけにも……。

 混乱しているものの、この状況でそういう考えは嘘のように思い浮かんだ。


「このお姉ちゃんわりと怖いからな。気を付けろ」

「お姉ちゃん、怖いの?」

「そ、そんなことないわよ。じゃなくて、ないよー……ちょっと、日奈ちゃんに変なこと言わないでよね!」

「俺は本当のこと言っただけだ」

「……言っとくけどね、あたしが何度も注意してるのはあなただけなのよ」

「……なっ、日奈今のお姉ちゃんの顔怖いだろ……」

「こ、この……あなたって人はどうしてそうガキみたいに……」

「お前だってガキだろ」


 俺たちのそんなやり取りを日奈は楽しそうに見つめていたかと思ったら、不意打ちすぎる一言を放った。


「仲良し!」

「「っ?!」」


 さすがに妹相手でも弁明しようと口を開きかけた時、親父と広実さんがゆっくりとやって来る。

 2人ともやけにニコニコしていて、何か勘違いをしているんじゃと疑いたくもなった。


「クラスメイトで仲良くしているって聞いてはいたけど、ほんとにその通りね」

「樹にはなかなか美涼ちゃんのこと話せなかったけど、この様子じゃ問題なさそうだな」


 どこから聞いていたかはわからないけど、そう見えてしまうのか……。


「あ、あの……」

「そうですね。仲良くさせてもらっていますが、樹君は手がかかって……」


 何かしらの訂正をしようと口を開きかけたが、美涼がそれを遮る様に引き継ぐ。

 そればかりか……。


「ほら、ジャケットは立ち上がったらさっとボタン止めるのが一般的なルールよ」

「えっ、あ、ちょ、そのくらい出来るって」

「こっちの方がカッコ良くみえるでしょ……身だしなみくらいちゃんとしてよね。お、お兄ちゃん」

「えっ……お、お前」


 美涼は俯き加減で、こっちが気恥ずかしくなることをいともたやすく言ってのける。

 それは親父と広実さんに心配ないと示しているようにも思えた。


 あー、こいつはほんとに。

 なんか両親の前だと猫かぶりしてるだろ。


「やっぱり仲良し!」


 天真爛漫な日奈の追い打ちの言葉がつき刺さる。


 この状況は問題ありすぎだ!

 相手はフラれた女の子だぞ。


 どうすんだよ?!


 個室に案内される途中には仲居さんにも微笑まれる始末で……。


 妙に気恥ずかしくて、俺だけ個室へと移動するのがわずかに出遅れる。

 それに気づいた美涼はふりかけると、速度を緩め隣に並んだ。


「言い忘れてたわ」

「な、なんだよ?」


 何か小言を吐かれると思い、俺は身構える。

 後悔はないけど、告白のことでも話題されると心底こま……。


「ちゃんと合格してたみたいね。おめでとう」

「……えっ?」


 美涼は眩しいくらいの笑顔を魅せた。

 そんな表情でそんなこと言われたら……。


「なによ? あなたにしては頑張ってたでしょ」

「……」


 こういうとこがあるから、ほんとに困るし、俺はす、すき……。

 あーくそっ、よりにもよって美涼と家族だなんて……。

 前途はどう考えても多難だ。


 その後の食事会は、あまり味を覚えていない。

 目の前に座っていた美涼が美味しそうに食べていたのだけは恨めしく、記憶に焼き付いている。

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