第5話 連れ子の話は聞いてない
ダイニングテーブルの上に広げられているのは豪華なお寿司だった。
これ大トロか? ウニの軍艦もある……こっちはもしやアワビ? は、初めてみた。
「なんかネタがいいような……」
「……時松の特上握りだからな」
「時松さんのか……って特上かよ!?」
「お兄ちゃん、これなんてお魚?」
「うーん、それはヒラメかな……」
確かに寿司桶に店名が刻まれていた。
時松は昔から商店街にある老舗の店で、ちょっと敷居の高い寿司屋だ。
この間食べたのはいつだったっか……確か日奈の保育園入学式の時かな。
そのときは並の握りだったはず。
特上ともなれば今まで食べたことのないようなネタもたくさんで、見た目だけで普段チェーン店で食べるものより色つやもよく美味しそうだった。
日奈は席に着くなり手を伸ばし、俺もそれに倣っていただきますと大トロから口に運ぶ。
「「んっ!?」」
あまりの美味しさに口数は減り、しばらく夢中になって食べてしまい、あっという間にほぼほぼ空に近くなっていた。
がっつき過ぎたか?
今日は何も喉が通らないと思ったけど……まぁやけ食いもあったかもしれないが。
「うん?」
ふと親父の方を見れば、俺と日奈とは異なりあまり寿司がなくなっていないことに気づいた。
体調でも悪いのかとも思ったが、その顔は神妙な顔で何か口籠ってる。
「親父、どうしたんだ?」
「あーその、だな、何ていえばいいかな……日奈、お、お姉ちゃんまで増えたらびっくりするか?」
「おねえちゃん……?」
「そうだぞ。広美さんのところにはお姉ちゃんもいるんだぞー」
「わぁ! おかあさんとおねえちゃん!!」
「ちょっと待ってくれ。親父、広実さんにも子供いたのか……?」
「そうなんだ。言うのが遅くなってすまない」
「い、いや、俺も受験だったし……そっか」
親父が再婚したい相手がいるのは知っていたし、別に反対だとかそういうつもりもない。
日奈は何度も顔合わせをしているし、良くなついていた。
俺も広実さんとは何度か話したけど良い人だったし、心配はいらないだろう。
だけど……。
「い、いつから一緒に暮らそうと……?」
「少し急だけど春くらいからどうかなって……だけど、2人の話を聞いたうえで決めるつもりだ」
「……」
連れ子の話は初耳なこともあり、頭の中がきちんと整理できない。
その予期せぬ情報に色々な考えが巡り、表情が硬くなってしまっているのを自覚する。
ぼっーとしたまま、湯呑に伸ばした手が逸れて少し中身が零れた。
「大丈夫か?」
「……あ、ああ。娘さんって……いや、なんでもない」
「なにか心配なことや、不安があるなら言って欲しい。反対なら」
「いや、そういうわけじゃない!」
親父の言葉に被せるようについ大きな声を出してしまった。
日奈がびくっとして心配そうに視線を向ける。
(ああ、くそっ、なにやってんだ!)
額を拳でつつき、しっかりしろと鼓舞した。
娘さんが居るという事実を知るタイミングが悪い、ただそれだけだ。
自分の恋が上手く行かなかったからって、八つ当たりみたいな態度が大きな声として出ちまった。
情けないし、何とも恥ずかしい。
誤魔化すように席を立ち、テーブルを拭いて湯呑にお茶を注ぐ。
少し重い空気が流れたが、それを変えるような日奈の明るい声が響く。
「かっぱ巻きも美味しい」
「日奈、隣の鉄火巻きにはわさび入ってるから気を付けろ」
「はーい」
さっきの反応から見て、日奈はお姉ちゃんが出来ることにも反対はなさそうだし、俺がとやかくいうべき問題でもない。
けど娘さんか、娘さんいるのか……。
年はいくつなんだ? どんな子だろ? 1つ屋根の下でうまくやっていけるのか?
ずっとそんな不安が頭の中を駆け巡って止められない。
親父はお母さんが亡くなってから、俺たちのことをそれまで以上に気にかけてくれていた。
多分知らないところで苦労もしてるはずだ。
日奈にも淋しい想いをさせてしまっているかもしれない。
新しいお母さん、そしてお姉ちゃんが出来るのはいいことのはずだ。
新しい生活になって、俺は今まで通りやっていけるのかな?
あー、一番ビビってるじゃねーか!
顔を上げると、心配そうな二人の視線とぶつかる。
たくっ、そんな顔しなくても平気だっつうの。
不安ばかりに囚われるな、それ以上に楽しみなことはきっとある。
「……親父、そういうことなら早いとこちゃんと挨拶させてくれ。向こうの女の子にも会わないとだろ」
「日奈も、日奈もきちんとご挨拶する」
「……賛成してくれるのか?」
「……お母さん以外に、ずっと一緒に居たいと思ったんだろう。それなら俺たちにとっても大歓迎だよ」
「日奈は日奈はね、何かあったらお兄ちゃんに相談するから、大丈夫」
「それは安心だ……」
親父は俺たちの言葉を聞いて、ほっと息を吐いた。
「それじゃあ近いうちに場を設けるか」
「お、おう」
環境は変わる。
否が応でも、フラれてしまったことをくよくよと考えている暇は俺にはなさそうでどこかほっとした。
それからの数日は、部屋の掃除や模様替えなどで忙しい日々を送る。
再婚ということで家族が増えることもあり引っ越しに備えての準備だった。
継母になる広実さんとも会う前に電話で話す。
ついでにカーテンの色や柄について相談する。
親子になるというのに、我ながらやり取りが少しぎこちなく緊張気味なのは致し方ない。
気を回しすぎるのも良くはないと思うけど。
でもこうやって喋ったり動いたりしていると余計なことを考えなくて済んで助かる。
カーテンは薄緑色に花柄があしらわれているものに決めた。
前よりも少し部屋が明るくなった気がする。
大きな荷物も送られてきた。娘さんのものはそのまま中身を見ずに部屋に運び入れる。
なかなか空いた時間も取れなくて、友人には落ち着いたら会おうというメッセージのやり取りだけ行う。
そして迎えた合格発表の日。
前夜くらいから緊張するかとも思ったがそうでもなかった。
受験校は電車で20分程度の場所にある。駅からは徒歩で10分。
すでに掲示板に合格者の名前が張り出されているようで、結構な人ごみになっていた。
派手なガッツポーズを決めたり、肩を落とした様子の子もいて間近で見ると緊張感が押し寄せる。
小さく息を吐いて、張り出された番号を懸命に目で辿るとすぐに目が留まった。
(……受かってる)
その瞬間にほっとする。
だが、もっと嬉しさがこみ上げてくるかなと思ったが、それほどでもないことに肩透かしだ。
まだ実感がわかないのかもしれない。
入学に必要な書類を受け取り、心配してるだろう親父に電話を掛けた後、職員室へ出向く。
担任の先生への報告は特に緊張はしなかった。
ねぎらいの言葉を掛けられた後出た言葉、なぜか美涼の話題になり、彼女が俺の受験を自分のことのように心配し色々と担任と話をしていたことを知る。
どうりで的確に色々とアドバイスしてくると思った。
心配性でほんと世話焼きだ。
校舎ですれ違った時にでも、挨拶がてらお礼はちゃんと言おう。
「今日もてっきり一緒に合格発表見に行ってると思ったんだけどな。2人って仲いいでしょ」
「……」
担任の目からはそう映っていたことも初めて聞かされた。
さてと、家に帰ったら念入りにお風呂掃除と……そうだ。シーツや何かは新しく買っておかないと。
忙しいぞ。
次の日はようやく時間が取れて。小学校からの同級生と会うことに。
卒業式の日、俺の背中を押してくれた友人である佐野だ。
お昼を食べに行ったあと、滑り台とベンチしかない小さな公園で、あの後美涼に想いを打ち明けたが、見事にフラれたと話すことも出来た。
きちんと言葉にして発せたことで、ちゃんと処理が出来ていると少し自信を持つ。
話を聞いた佐野が何であんな驚いた顔をしたのかは謎だが。
「それじゃあ樹、今度は入学式で」
「おう、またな」
そんなことがあったおかげで、ちゃんと前を向けて美涼のことを考える時間も減っていき、顔合わせの日を迎えた。
向こうの娘さんとは初対面でやはり多少は緊張する。
だが合格していたことで気分的には楽だ。そのことで気を遣われることもないだろうし。
予約したのは懐石料理のお店。玄関付近も掃除が良く行き届いている。
まだ相手側は来てはいない、親父は気が気ではないのか外に見に行った。
「どんなお料理かな? 日奈、楽しみ」
「こういうとこ俺も初めてだよ」
普段は利用することのない高級そうなお店に、日奈は歓声を上げる。
祝い事だし、ちゃんとした顔合わせということもあり親父も奮発したなあと思う。
少しすると、女の子が1人やってきた。
今さら驚くことはない、そのはずだった。
「あっ、お姉ちゃんだ」
(えっ?)
日奈の声に顔を上げると、忘れることのできない勝気で大きな瞳がこっちを向く。
その瞬間に思考が止まる。
「っ! ……な、な、なんでここに……?」
「はじめまして、じゃないわよね」
そこに居たのは数日前俺を振った相手だった。
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