第4話 妹に励まされる兄
その後、俺は肩を落としたまま帰宅した。
初恋は実らない、そんな言葉があるのは知っている。
悔しいけどその通りだった。
俺みたいについこの前まで日が暮れるまで遊んでは家の門限を破り、取っ組み合いの喧嘩をしては学校に親を呼び出され、勉強よりもテレビゲームの攻略にせっせと勤しんでいたような中学生男子に好きという厄介な感情を適切に処理するなんて出来るわけがない。
そんなどこにでもいるような悪ガキの自分が、彼女を目の前にしてやれることといえば……。
素直になれず意地を張ったような態度を取り続ける。
世間では男子という生き物は好きな子に意地悪してしまうものだなんて仮説がもっともらしく語られているが、ああ、それはまさに俺に関しては真実だったんだな。
元々、喧嘩ばかりしている関係を望んでなかったけど、心のどこかでそれも悪くないと感じていたのも事実だ。
その関係の先を期待して、けじめをつける意味もあっての告白だった。
「なんだかなあ……」
きっと心のどこかで美涼も同じ気持ちだろうと、妙に期待してしまってもいたんだ。
だからこそショックは大きかった。
嘘のように体に力が入らず、何もする気が起きない。
冷蔵庫にあったパックの珈琲牛乳に口を付けてみたものの、飲むことは出来なかった。
親父は仕事だし、妹はまだこの時間は保育園だ。
家に誰もいないというのはこういう時に淋しく感じる。
自分の部屋の方が落ち着くかと移動してはみたものの……以前は殺風景でほとんど物がなかった部屋もだいぶ変わっている。
小さいころからあまり本を読む習慣はなかったが、美涼がよく本を読んでいることを知ると、何か 共通の話題になればと、読書を始めた。
その数はあれよ、あれよと増えていき、空間だらけの本棚は今では置き場所がないくらいいっぱいになっている。
彼女がアニメのキャラらしい名前を呟けば、そうかアニメ好きなのかと嘘のように嵌っていきDVDやラノベが別棚を占拠した。
そして机の上には美涼から借りた入試の対策ノートが開きっぱなしだ。
学校の机の中にあったものも含めると、その数は1、2冊ではない。
わかりやすいノートとはまさにこのことで、丁寧に付箋や解説までしてあってこれだけでも美鈴の努力と世話焼きがわかるようだ。
(ううっ、ダメだ……)
目頭が熱くなる。
自分の部屋にいると美涼のことを考えてしまう。
そもそも俺が第一志望に選んだ高校は美涼が推薦入試で合格した進学校。
ただ単に好きな子と一緒の高校に行きたい。
それだけの動機で決めたものだった。
今となっては実に虚しく痛々しい。
それだけ好きだったんだと思う。ベッドの側に座り込む。
本当なら庭の草むしりをするはずだったけど、全く動けなくて、何もできない時間が過ぎて行く。
アラームが鳴って、ようやく立ち上がった時には窓の外は薄暗くなっていた。
急いで洗濯物を中に入れて、冷蔵庫の中身を確認してから妹を保育園に迎えに行く。
少しでも送れたら妹が淋しがるし、なにかあったのかと心配させてしまう。
こんな時でも、やらなきゃいけないことがあるのは気持ち的には助かった。
日が暮れ始めたこの時間、園の入り口にはお迎えのお母さんたちで賑わっている。
最初は端っこにいたけれど、話しかける回数が徐々に増えて行って今では自然と話の輪の中に入っていた。
「樹くん、今日卒業でしょ。クッキー焼いたから日奈ちゃんと食べて」
「……すいません、ありがとうございます」
「この間はうちの子が迷惑かけちゃってごめんね。樹君がいてほんとに助かったわ。旦那もあってお礼を言いたいって」
「いえ、俺も幼稚園を良く抜け出していたので……」
「そうそう、今度駅前に大型の書店が出来るらしいのよ。その調子で駅周辺をどんどん開発してほしいわよね」
「へえ、そうなんですね。あそこまた変わるのか……」
地域のことや新しく出来る施設の情報などを得られたりもして随分と助かっていたりするんだ。
そんないつも通りの世間話をしていると、日奈が俺の姿を見つけ嬉しそうに駆けてくる。
「お兄ちゃん。ごそつぎょうおめでとうございます」
「おー、ありがとう」
丁寧に頭を下げ、ぎゅっーと抱き着いてくるその姿は、自分の妹ながら微笑ましく感じた。
昼間の出来事を一瞬忘れさせてくれるくらいだ。
「日奈ね、日奈ね、今日はお絵描きしたの。上手に描けた」
「おー、凄いな」
それは家族が描かれた絵だった。
俺や親父の特徴を捉えていて明るい雰囲気も感じられて、日奈がすくすくと育っているのがわかる。
「……お兄ちゃん、どうかしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
そんな妹に心配を掛けまいと無理にでも笑顔を作ったが、ちゃんと笑えず……いつもとは違う雰囲気が出てしまっていたのか、小さいながらどうやら何かを察したらしい。
袖を軽く引っ張られ、中腰になるといい子いい子というように頭を撫でられる。
妹に慰められる兄っていったい……。
「……日奈、おはなし聞けるよ」
「……ありがとな。確かにお兄ちゃん落ち込んでるな」
「……」
「ちょっと寄り道していくか……」
日奈の手を引いて、やってきたのは河川敷だった。
ここはお母さんが亡くなった時、よく2人で来た場所だ。
まだ小さかった日奈はよく泣いてたし、それは我慢することじゃないとも思った。
市内の花火大会の会場でもあるが、普段はそんなに混雑はしていない。
今も散歩をしている人、釣りをしているなどは僅かにいるけど、辺りに民家も少なく大声を出しても、大泣きしてもそれが聞こえることはないだろ。
景色を見ているだけで少し気分が落ち着く。
でも普段通りまではまだ回復しなくて、そんな俺に見かねたのか日奈が言葉を掛けてくる。
「我慢しなくちゃいけないことと、我慢しなくてもいいことがある。心に引っかかってることは、全部吐き出せば楽になる……」
「日奈、そんな言葉どこで……?」
「園長先生が茜先生に言ってた」
「なるほど、その通りだよな……よしっ」
息を思いっきりすき込んで、
「好きだーっ!」
まだ溜まっていた気持ちを川の向こう側に届くように大きな声で叫ぶ。
短い言葉で気持ちを、想いを全部吐き出せたわけじゃない。
だから、今ここで目一杯出し切る。
たったそれだけのことだけど、涙がこぼれたけど、随分スッキリ出来て傷ついた感情が癒えたような気さえする。
これならちゃんと前を向ける。
日奈の立派な兄貴でいられそうだった。
「……ありがとな、日奈」
「うんうん、いつものお兄ちゃんの顔……」
日奈の頭を撫で、夕食の献立を考えながら家に帰るとすでに親父が帰宅していた。
どうやら卒業を祝ってくれるために仕事を早引きしたらしい。
テーブルにはすでに寿司が用意してあって、ケーキが入っていたであろう袋も目に付く。
「たくっ、一言くらい言っておいてくれよ」
「お寿司っ!」
そのサプライズに俺よりも日奈の目が輝いていた。
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