第3話 告白

 放課後。

 美涼の周りにはクラスメイトがひっきりなしに集まっていた。

 それだけで彼女にどれだけの人望があるかが伺える。

 微笑みを浮かべながら話をしている美涼を見ているだけで、言いようのない不安が押し寄せてきた。


 もうあの笑顔を見る機会はないかもしれない。

 もう朝のようなやり取りもできないかもしれない。

 そう思うと、今までのいろんなことがこみ上げてきた。


 そのどれもが鮮明に頭に浮かぶ。同時にあの時はこうしておけばとなぜだか後悔もして……。

 だからか、このまま離れてしまってほんとにいいのかと自分に問いかける。


「樹、ご飯でも食べに行かないか? んっ、どうした?」

「あっ、おう。悪い……なに?」


 そんな時に小学校から仲のいい佐野に声を掛けられてものだから、心ここにあらずの状態だった。

 あの調子では一人になることはなさそうにもみえ、何もできないんじゃないかとネガティブな思考に陥りそうにもなって、焦り始める。


「……ああ、聞くのが野暮だったか」

「な、なににやけ顔で察してやがるんだ。俺は別に美浜のことなんて……」

「名前出てるぞ。別に隠さなくてもいいだろう。友達としてこのクラスに彼女がいてくれたことに感謝してるよ。樹がこんなに青春を謳歌するなんて思わなかったけど」

「……いや、謳歌はしてねーぞ」

「わかってる、わかってるぞ。樹はそういうこと相談するのも恥ずかしがる子供だってこと」

「ガキ言うなよ。ガキだけど……」

「ははっ、まああれだよ、今日でなくてもいいから、暇してるときにでもゆっくりとその辺の話をしようじゃないか。ほら、行っちゃうぞ」

「お、おう……」


 美涼は仲のいい女子グループで鞄を持って出て行こうとしている。


(あー、くそ……)


 動けずにいる俺に背中を押してくれたのだろう。佐野が軽めにお腹に拳を突いてくる。

 友人に小さく頷いて慌ててそのあとを追いかけた。

 俺は彼女の家の正確な場所も知らない。

 今日を逃せば、ほんとに会えなくなってしまうかもしれないんだ。


 下駄箱の近くで追いつくには追いついたが、美涼は少し離れたところで隣のクラスのバスケ部の男子と対面していた。


「っ?!」

「しーっ! いいところなんだから」


 思わず声を出しそうになるところを、クラスメイトの女子たちに引っ張られていく。

 目の前で繰り広げられている光景に胸の締め付けが激しくなった。


「あれって……」


 視線の先を見据えると、どうしようもない不安感が押し寄せそれが表情に出てしまう。


「そんな顔しなくても大丈夫でしょ」

「そうそう、うちのクラスの男子を思い浮かべてみ。最初から勝てない戦は誰もしてないじゃん」


 勝てない戦……美涼相手じゃ誰でも負け戦ってことか?


「それにしても……」

「うん……」

「せーので言おう……」


 女子たちのきらきらした目がじっと俺を見すえた。


「「「よく来た、よく来たね、入間君」」」

「なにを盛り上がってんだよ……?」


 なんだかよくはわからないが、周りの女子の反応に少しだけ苦しさが半減しながらも固唾を呑んで目の前の状況を見つめる。


 あれはどう見ても告白だ。

 そう思うと無意識に体に力が入り、いても立ってもいられなかった。

 瞬間的に自分の気持ちを理解する。


(そうか、俺は誰にも美涼を取られたくないんだ)


 美涼が好きなんだと気付く。


 わかってしまった以上、自分の気持ちを相手に伝えるなんて困難極まりないが、やるしかないだろ。


「ちょっと、入間君……」

「えっ、うそっ!」

「が、頑張って」


 女子たちの驚いたような声を背中に俺は美涼に近づいていく。


 美涼の言葉を聞いた男子は一瞬の間があって、がっくりと肩を落としその場から遠ざかって行くところだった。


 その勇気ある行動に敬意を示しながらもどこか安心している自分がいる。

 そのことがより美涼のことを想っているのだと実感させられ顔が熱くなった。


「……な、なによ、見てたの?」

「美浜、お、俺、お前のことが好きだ!」

「へっ…………はああああ!?」


 勢いに任せて気持ちを吐き出せた途端、鼓動はさらに激しさを増し情けないくらいに膝が震える。

 クラスメイトの女子たちの、


「きゃー!」

「ストレートに言ったあああ。入間君すごっ!」

「私までドキドキしちゃう」


 そんな歓声が辛うじて耳に届く。

 あれ、こんな簡単に言えたと少しだけ冷静になって、自分の行動を遡るとあり得ないくらい恥ずかしさが芽生えて顔がさらに熱くなった。


 真っ直ぐに美涼を見られない。

 どんな返答がくるのか、ものすごく不安で体に力を入れていないと持ちこたえられそうになかった。


「……」

「……」


 沈黙の時間が長く感じる。


「……」

「……な、何言いだし……も、もしかして…………の……?」


 突然の告白が心底驚いたのか美涼は目を大きく見開いてたじろぎ、ぼそりと呟いたかと思ったら、あたふたしたようにきょどりだす。

 そしてなぜかくるりと俺に背を向ける。

 どんな顔をしているかは全くわからないけど、耳だけは赤くなっていた。


 だけど少しして振り返った彼女の顔は曇っていて瞳は潤んでいる。

 そしてゆっくりと右手が振り上げられた。


(っ!?)


 咄嗟に目をつぶる。

 頬に衝撃がなくてゆっくりと目を開けると、柔らかい掌が頬に振れ、口元が動いた。


「あなたと私は……絶対に無理よ!」


 そう告げて、美涼は背を向けたかと思うと一目散に遠ざかって行く。

 それは拒絶だった。


「な、なんで……?」

「ちょ、美涼いいの?」

「入間君だよ。あなたあんなに……」


 女子たちの声を耳にしながら、俺は彼女の後姿を見つめしばらく呆然とその場に立ちすくんでいた。

 卒業式のこの日、俺は初恋の女の子にフラれてしまったんだ。

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