4日目 四つの誤算
菊田は自分が先ほどまで乗っていた電車がドアを閉じ、去っていく光景をしばらく眺めていた。別れ、というには大げさだが、長い時間をかけて乗客を目的の場所へ無事送り届けるという仕事を全うした電車に対して「ここまでよく運んでくれたな。ご苦労さん」とねぎらいの言葉をかけるかの如く最後まで見送るという行為が菊田のルーティーンとなっている。実際には電車運転士のおかげではあるが、菊田は仕事を全うするあまねくものに敬意を払う性分であった。恒例の儀式に満足した菊田は改札を出て駅前周辺を見渡した。とある仕事のためにこの街へやってきたが、上司からはもう一人一緒に仕事をするパートナーがいると聞いている。自分の知っている人物らしいとのことだったが、どこにいるのだろうか。そう考えていると送迎用スペースに止めてあるキャンピングカーの助手席から女性が身を乗り出してきた。
「へい、彼女! 乗ってく~?」
菊田は顔をしかめる。確かに知っている人物だったが、よりによってこいつか、という呆れが先に思い立った。
「今回の仕事、お前と一緒なのか、モモ」
「あ、嫌だなぁって思ってますね? 顔に出ちゃってますよ。菊田さんは相変わらずわかりやすいですね」
「お前は常識というものをまるでもってないからな。逆に一緒に仕事したいやつを知りたいね」
「やだなぁ。このオトナな色気むんむんの天才美女モモちゃんと組みたくない人なんて菊田さんしかいませんって! ま、立ち話もなんですからさっさと乗っちゃってください」
菊田は不承不承助手席に乗り込む。しかし、後部座席を見て表情を険しくする。そこに毛布にくるまって寝息を立てている少女がいたからだ。
「おい」
「どうしました? ああ、彼女ですか? 拾ったんですよ」
捨て犬でも拾ったかのように軽く答えるももに菊田は頭を抱える。
「人がそこらへんに転がってるわけないだろ。酔っ払いでもあるまいし」
「十二月にもなって薄着でバス停に縮こまってるもんですから中にお入りって声かけたんですよ」
菊田はもう一度後部座席の少女の顔を確認する。そして、モモに向き直り詰問する。
「いろいろ聞きたいことがあるが、まず第一にお前はこれが大事な仕事だって理解してるよな?」
菊田の今回の仕事。それは人殺しである。多種多様な仕事を請け負う菊田が最も神経を使う仕事である。それにイレギュラーばかりを引き寄せることに定評のあるモモがまずどの程度自分と認識が一致しているか確認する行為が毎回必要となっている。
「それはもちろん!」
「特に今回は、ターゲットを決まった日時に始末することも聞いているか?」
「はい!」
菊田の問いにモモは元気よく答えた。
「いいだろう。じゃあ今回の仕事に関して俺は前々から綿密に計画を練っていたが、現時点で誤算が四つある」
「聞きましょう」
「まず第一はお前だ、モモ。これまでの経験上、お前がいるとうまくいくものもうまくいかない」
「そこはわたしの溢れんばかりの才能でカバーしましょう!」
「第二に、キャンピングカーなんか目立つもん借りていることだ。どうせアパート借りてるんだろうからこんなものじゃなくもっと普通の乗用車でいいだろう。できるだけ周りの目は避けたい」
「あ、アパートは借りてませんよ」
「は?」
「数日で終わると聞いていたのでそんな短期間ならこれでいいかなって。なんかキャンプみたいで楽しそうですし」
「……わかった。とりあえず今はいい。あと、余計なことは言うな。余計頭が痛くなる」
「わかりました。では、三つ目はなんです? あの子ですか?」
「ああ、そうだ」
「最後はなんですか?」
興味津々に訊いてくるモモを見ていい加減菊田はげんなりしてきた。背もたれに深く寄りかかる。
「あの子ども、今回の仕事のターゲットだ。予定日前に接触してどうすんだ」
菊田は深いため息をつき、どうしたものかと目を閉じた。
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