3日目 三人寄ればもんじゅのナントカ

「あいたっ!」


 額にデコピンの衝撃が走り、うつらうつらしていた長澤フミオは目を覚ます。規則正しくガタンゴトンと振動を続ける電車の席で、じんわりと痛みが残る箇所を抑えながら犯人をにらむ。


「なんだよハヤト、まだついてないだろ」

「兄貴、あれ」


 左隣に座るハヤトはフミオと目も合わせず、太ももの上に置いたままの手から人差し指だけをピンと伸ばす。その方向を見やるが、休日ということもあって混雑している電車内で何か変わった点を見つけることができなかった。


「見ろって何を――」

「痴漢だ」


 フミオはもう一度見直した。電車が揺れるタイミングで乗客が動き、見えない部分がちらちらと見えてきた。ドアの前、制服姿の少女とグレーのスーツを着込んだ男だ。


「十秒だ。思いつかなかったらオレがやる」


 ハヤトは二人から目を離さずに端的に言う。「やる」とはハヤトの得意な暴力に任せた解決方法だろう。兄貴が対処しないならオレが無理やりにでも止めて、そして報いを受けさせる。そんな強い敵意を感じた。

 またそんな無茶を、と半ば思いつつ、もう半分の意識はすでに打開策考案に集中していた。まず簡単なのは自分が間に割って入ること、そうすれば強制的に終了させることができる。しかし、問題点としては犯人をみすみす逃すことになる。それでは被害者が報われない。では、次善策は? それはその場で犯人をとっ捕まえることだが、証言をとれるかが問題だ。スーツの男は反抗しなさそうな相手を選んでいるに違いない。そうなるとこちらが訴えても男が強気に出ればあの女の子は委縮して証言しないかもしれない。仮にしたとしても、公衆の面前で被害者としてさらされる彼女の精神的負担をどう考える。いやしかし、そもそも痴漢行為を受けている時点で精神的ダメージは大きいはずだ。そんな悠長なことは――。


「どうしたの? フミオ兄さん」


 右側から心配そうな声がした。妹のミオだ。フミオはミオの顔を見た。ミオは眉をひそめている。ミオは中学生だ。もしミオが彼女と同じ目にあっていたら――。


『次は○○駅、○○駅~』


 車内アナウンスが次の駅が近いことを告げる。


「もしかして、何かあった?」

「大丈夫だ。何でもないよ。さあそろそろ着くから行こう」


 フミオはハヤトに合図し立ち上がった。そして、人と人の間を縫うように進み、ドア前の二人の後ろについた。深呼吸をする。スーツの男がフミオに気付いて彼女を触っていた手を引っ込めようとする。それがフミオの狙いだった。引っ込もうとするスーツの男の左手をつかみ、フミオは自身の尻を鷲掴みさせた。

 男はぎょっとして驚愕と不快感が混ざった表情を浮かべる。フミオの嫌悪感も並々ならぬものではあるが我慢してもう二、三揉み念入りに尻を揉ませてから声を上げた。


「この人痴漢です!」


 一斉にあたりから驚き、不快、嫌悪、怒り、様々な思いが込められた視線が集まった。そして、次の瞬間駅に到着しドアが開いた。

 フミオがスーツの男を外に押し出す。ハヤトは「ちょっとごめんよ」と被害者の女子学生をさりげなく外に誘導した。


「き、君たちいったい何なんだ!?」

「何って俺、あなたに痴漢されたんですけど?」

「オレの兄貴のケツを触るだなんていい度胸だな! あぁん?」

「何を馬鹿な……!?」


 フミオの手からなんとか逃げようと暴れる男は周りを見てはっとした。周りには多くの目があり、さらにはハヤトの後ろにはミオと、そしてミオとぎゅっと手をつないでいるさきほどの被害者女子学生が恨めしそうに見つめていた。


「あんたが否定するのは勝手だが、どっちにしろ駅員さんのところ行こうぜ。兄貴のケツだかつり革だか何を触ったかはっきりすると思うぜ」


 周りの注意を惹く中、発車のベルが鳴り響いた。


「くそっ!」

「あっ」


 男がひときわ大きく腕を振った。その一瞬でフミオの手を振り払うと閉まりかかる電車に向かって駆け出した。しかし、ハヤトがひょいと足を伸ばすと男はそれに引っかかり盛大にズッコケてしまった。

 そのあと、電車の扉はゆっくりと閉まっていった。

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