第9話 騎士団長
この世界に古来より伝えられる国生みの物語。その最も最後の章には、現在に至るこの国の礎を築いた勇者の物語が登場する。
それは、永遠に続くかと思われた聖と邪の大戦のさなか、突如として人間の中に現れた勇者が、聖なる存在に授かった宝玉を携え、邪悪なる存在を打ち払う英雄譚であった。しかしながら、その英雄譚も勇者の突然の死を持って終わりを迎えることになる。
勇者は、邪悪なる存在をこの世界から追放した
聖なる存在の怒りをかった勇者は代償として、その命を失うことになるのだが、彼はその死の間際こう語ったと伝えられている。
「この宝玉の欠片を再び一つにせんとする者が現れた時、この世界に再び混沌の時代が訪れるであろう。」
かくして、砕かれた宝玉の
現在この世界で実在が確認されている宝玉は四つ。
一つ目は国王が持つ杖に埋め込まれた『
二つ目は騎士団が所有する『
三つ目が聖教が所有する『
四つ目は、弟子のみがその存在を知るとされる幻影の魔術師ヘリテイジ=コモンセンスが所有する『
そして残りの2つの宝玉についてはその所在だけでなく、もはや存在すらも定かでは無い。
※
国王の住まう王城を目前に望む位置に騎士団の本部はあった。重厚な石造りの4階建ての建物は、いかにも騎士団らしい様式美でデザインされた簡潔ながらも見栄えのする建物ではあったが、その外観はこの王都に建てられたどの建築物よりも真新しい。
その本部の最上階にある聖教騎士団団長の執務室の前に、その団長の息子であるフィヨルドの姿があった。
十四才と言う年齢のため、まだまだ幼さの残るその容姿に、騎士団員の隊服は決して似合っているとは言い難かったが、扉の前で直立する姿勢や、許可を得て執務室に入室する所作は決して他の隊員と比べて見劣りするものでは無かった。
「団長。聞きました。兄上を南方の僻地へと派遣するそうですね。」
フィヨルドは執務室に一つだけ置かれた大きな机の前で団長に深々と一礼をした
「耳が早いな。」
「宜しいのですか。兄上が邪教と繋がっている可能性は、まだ完全に消えたわけではないのですよ。」
あの日、裏切り者を追うフィヨルドは真っ赤な血に染められた雪の上に一人で佇むカシュウの姿を発見した。カシュウの手によって左手を切り落とされた欧陽と、フィヨルドが深手を負わせたセバスト。手負いの二人とその仲間を取り逃がしてしまってからまだ二ヶ月と経っていないのである。
父上はいったいなにを考えている?
フィヨルドは父親の真意を確かめにこの普段滅多に訪れることのない団長の執務室を訪ねたのだ。
「お前はわざわざ私にそんな事を言いに来たのかね?」
そんな事をとは、なんと警戒心の薄い事を……。あの状況で何故この目の前の男はカシュウの行動に疑いを持たないのか。そんな父親ののんびり構えた態度がなおさらフィヨルドを苛立たせた。
「あえて兄上でなくてもよろしいでしょうに。あの日、いくら兄上が
「そう言うな。南方のマイセン領に派遣する使者については、人選に毎年苦労している事をお前も知っておるだろう?」
「それは存じておりますが、それは兄上でなくても……。」
「しかしなぁ……この任務を引き受けようと言う隊員があいつ以外にいないのだ。」
「だからこそ怪しいのではございませんか、自ら志願するなどと。」
「他の隊員達の手前、拒否するわけにもいかないだろう。あの日の事を知っているのはお前を含めてごく一部の隊員だけなのだぞ。」
フィヨルドがいくら言葉を尽くそうとも、のらりくらりと言葉を返す父親に、フィヨルドはしぶとく正論を並べ説得を試みるのだが、芳しい反応はなかなか帰って来ない。
「ですが……南方は未だに邪教達の勢力も強く。」
そう言って、フィヨルドが再び話をしきりなおそうとした瞬間。手厳しい言葉と共に父親の言葉がにわかに怒気を帯びた。
「くどいなフィヨルド。副隊長に昇格して一人前にでもなったつもりか?」
感情を押し殺した様な父親の、たったその一言にフィヨルドは射すくめられる。
しまった……調子に乗った……。この目の前の男がそんな生ぬるい考えの持ち主で無いことぐらい先刻承知ではなかったか。
「申し訳ございません。」
フィヨルドは慌てて、その姿勢を正す。実の父親とはいえ、目の前の男は彼の直属の上司でありこの聖教騎士団の団長なのだ。
「お前は黙って私の言うことだけを聞いていれば良いのだ……あまり出しゃばるな。フィヨルドよ。」
「はっ。」
「私は、お前を次期団長にと考えておるのだ。そのための根回しも充分にやってきたつもりだ。しかしな、この王都に兄のあやつがおってはお前もいささかやりにくかろう。あいつが志願するのならちょうど良い機会ではないか。」
「ちょうど良い機会とは……いったい……。」
「私の言っている意味がわからぬか?ならばお前は知らなくても良い。この件は私なりの深慮あってのことだ。これ以上私に意見することは一切まかりならんぞ。」
フィヨルドのその背中が冷や汗でぐっしょりと湿っていることに気が付いたのは、彼が父親との話を終え執務室を後にしてからのことだった。そして、この時の父親の言葉をフィヨルドが真の意味で理解出来るようになるには、もう少しの時が必要であった。
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