異端の少女ポージー 〜少女は、世界の真実を知る旅に出る〜

鳥羽フシミ

騎士団の少年剣士(カシュウ編)

聖邪

第1話 御前試合

 騎士団の新年の行事、国王の御前試合は雪雲ゆきぐもがどんよりと立ち込める寒空さむぞらの下、今年も例年に変わることなく厳粛げんしゅくに執り行われていた。

 普段は騎士たちの鍛錬の場として使われるだけのさほど広くも無い石造りの闘技場も、国王陛下のお出ましとあっては多くの貴族や諸侯しょこうが詰めかける。今日ばかりは朝から小雪が舞い散っているにも関わらず、普段は誰も座ることのない闘技場の観覧席はいつの間にかほぼ満席となっていた。


 闘技場の中央では、恵まれた体躯たいくをした長身の若い騎士と、年端も行かぬ少年剣士の試合が今まさに執り行われようとしている。

 北風の吹き抜けるこの屋外の闘技場に、国王の臨席とあって仕方なく出席している殆どの観衆は、剣技の優劣ゆうれつなどには全く興味を示さない連中ばかりだが、いま眼の前で執り行われている奇妙な組み合わせの試合だけは、物珍しさからなのか皆が固唾かたずんで事の成り行きを見守っていた。


 立会人の掛け声がかかり、試合の開始と同時に剣を交えた両者。だが、さすがにその体格の差は容易に埋めることが出来ない。若い騎士の強い打撃に大勢の観衆の予想通り少年剣士は防戦一方を余儀なくされ、そのままジリジリと舞台の端へと追い詰められていく。

 なんとむごい試合だろうか、誰もがそう思った。大人と子供の試合ではこうなるのは当然である。心のどこかで大番狂わせを期待していた観衆も、多くがその一方的な展開に目を背けるしかなかった。


 しかし、少年が舞台の端に追い詰められようとした次の瞬間。キーンという甲高い金属音と共に、若い騎士の剣が突然頭上へと跳ね上げられ宙を舞った。


 その突然の出来事に、観衆の多くは舞台上で立ち合う二人の間に何が起きたのかを全く理解出来ない。それは若い騎士が、いつまでも互いに距離をとって剣を合わせるだけの試合展開にごうを煮やし、少年剣士との間合いを詰めようと剣の型を変えた瞬間であった。

 だが、少年はただひたすらその瞬間を待っていたのだ。そしてその変化を待ってましたとばかりにとらえた少年の見事な返し技が、すかさず騎士の剣をからめ取り、彼の頭上へと瞬時に跳ね上げたのである。


 あれよと言う間に形勢は逆転し、気がつけば少年剣士が地面に仰向けに倒れ込んだ若い騎士の喉元へと剣の先を突き立てていた。



 ただ、少年剣士の見事な逆転劇ではあったのだが、闘技場に集まった観衆は一切言葉を発することもなく、観覧席のある一点を見つめていた。少年の大金星に歓声を上げようにも、肝心の王が押し黙ったままなかなか動かないのだ。静寂の中、闘技場には雪の積もる音と若い騎士の喘ぐような荒い息遣いのみが聞こえるだけである。

 しかし、観衆の期待は否が応にも膨らんだ。もし国王陛下が少年に声をかけるような事があるとすれば、彼は一躍時の人となる。そして、国王の覚え目出度き人物として彼のこれからの人生は輝かしいものとなるのだ。


 一方、身動きひとつしなかった国王は、その静寂から観衆の注目が自分に注がれたことを確認する。そして、観衆をゆっくりと見渡しながらおもむろに席から立ち上がると、左手の宝玉ほうぎょくをあしらった杖を少年に向かってかかげた。もちろんその仕草の意味を観衆は充分に理解している。これから国王陛下が少年に声をかけるのだ。


「見事であった。」


 たった一言。しかしそれは雪の積り始めた闘技場に響き渡るほどの大きく威厳に満ちた声であった。


 次の瞬間、観客から歓声が一気に沸き起こる。


 国王陛下から直接賛辞を賜った少年は、ゆっくりと剣を収め闘技場の中央に進み慇懃いんぎんに王に一礼すると会場を後にする。小さな英雄の誕生にその場にいる多くの貴族や諸侯は彼の事を拍手と歓声によって讃え、それは少年が闘技場の端に消え去ってもなお絶えることは無かった。



   ※



 何が起きたのかもわからないまま、地面に押し倒され喉元に剣を突き付けられた青年にも、巻き起こる歓声が、自分に向けられたものでない事だけは理解出来た。

 騎士の誇りとも言うべき剣を無様にも放り出し、まだ年端も行かぬ少年に剣を突き付けられた自らの姿を、青年は未だ直視する事が出来ないでいる。


 その情けない姿を見下ろした少年剣士は、青年に対し憐れみの表情を見せながら冷たく声をかけた。


「ごめんなさいカシュウ兄さん。でも騎士団にとって貴方はもう必要ないのです。」


 そう言われた青年は、その時初めて自分が大観衆の前で六歳も年の離れた弟フィヨルドに打ち負かされたことを悟った。


 気を振り絞りなんとか立ち上がったカシュウは自らの惨めな有様にいたたまれず、その場から逃げ出したい一心であった。

 かたわらに投げ出された自分のつるぎさえ拾うのも忘れて立ち去ろうとする彼を立会人が静止して剣を手渡したのだが、そんな一幕など観衆の誰一人として見てはいない。この規律と秩序が支配する極北の王都では敗者にそそがれる視線などは存在しない。ただ観衆は若く凛々りりしい勝者を称えるのみである。


 闘技場には幼い弟を褒め称える歓声が絶えることなくいつまでも続き、カシュウは誰の目に止まることもなく一人静かにその場を後にした。

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