令嬢と不落の監獄 6

「飽くまでも推測でしかないけれど、この考えなら矛盾なく今の状況を説明できるわ」

「いやぁ、魔法については知識しかないだろうに、ここまで考えられるんだから、見事としか言いようがないな。で、俺もまあ概ねあんたと同じ考えな訳だが、問題はここが本当に袋小路でしかない可能性もないわけじゃないところだな。そうなると、俺らがわざわざここに入った意味はなくなっちまう」

 ヴィレクセストの言葉に、アルマニアは軽く頷いた。

「ええ、勿論、そもそもの出口が用意されていない可能性はあるわ。けれど、限りなく低いと私は思うの。これだけ周到な用意をする賢人たちなら、正規の手続きを踏んで入口から侵入する存在がいる可能性を考慮しない筈がないもの。だから敢えて、どんなケースでも監獄に足を踏み入れようとしたら、それだけでここに飛ばすような仕組みにしているはず。その代わり、侵入して初手で襲ってくる魔法には、敢えて手心を加えているのではないかしら。初手の魔法を賢人であればかろうじていなせる程度のものにして、その後に一定のインターバルを置けば、その間に所定の手続きを踏んで目的の監獄に出られる。……割と筋は通っていると思うのだけれど、どう?」

 小さく首を傾げたアルマニアに、ヴィレクセストは素直に感心した顔をしてぱちぱちと拍手をした。

「すげぇな。ちなみに根拠はあるか?」

「初手の魔法攻撃で貴方が防御に使った装填数は、十にも満たないほどだったわ。八賢人の魔法の最大展開数は、十から二十。その範囲で守れる程度の攻撃だったのには、何か意味があると思ったのよ。多分、あのまま一定時間防御に徹して耐えれば、時間経過で攻撃魔法が解除される、とかそういう仕様だったのではないかしら。賢人以外が初見であれに耐えるのは難しいでしょうし、必要な経過時間をそれなりに長い時間設ければ、侵入者に突破される可能性は限りなくゼロに近づけられるわ。それに、万が一あれを突破されたところで、出る方法が判らなければ一生ここで暮らすことになるし、もっと言うと、次手以降はより容赦のない魔法が襲ってくるでしょうから、それで始末すれば良い話だわ」

 そう告げたアルマニアに、ヴィレクセストはうーんと唸った。

「なんつーか、期待以上の回答に、補足を入れる必要すらなくなった俺は嬉しいやら寂しいやらだよ……。あ、ちなみに言うと、それ正解だぜ。片手間に魔法演算式を解析して確かめたんだが、攻撃魔法の方は一定時間経つと停止するように構築されていた」

「…………それ、言って良いのかしら」

 じとりと睨んできたアルマニアに、ヴィレクセストがにっこりと笑みを返す。

「優秀な公爵令嬢へのご褒美だよ。何事も、思考が正しかったのかどうかを確認することは大事だしな」

 そう言ってアルマニアの頭を撫でてきた手を、彼女はぺちんと叩いて払った。

「今更すぎると言えば今更すぎるけれど、淑女レディには慎みを持って接するべきだわ。間違っても今のように気安く触ったりはしないものよ」

「俺だって他の女に気安く触ったりはしねぇって。惚れたあんただからこそ、機会があればその柔らかい髪に触るくらいのことはしたいという欲に忠実になっただけでだな」

 大真面目な顔をして言われたそれに、アルマニアは素直に、気持ち悪いなこいつ、という顔をしてから、彼から視線を外してぐるりと周囲を見回した。

「馬鹿なことを言っていないで、そろそろ切り替えた方がいいわよ。私の予想が正しければ、この静寂は賢人たちが目的の監獄へ移動するためにあるインターバル。……次が始まったら、きっと休む暇はないわ」

「ああ、そうだな。あんたこそ、覚悟しとけよ。俺かあんたのどっちかが中央地下監獄に飛ぶ方法を見つけない限り、喉がひりつくほどの攻防が延々と続くことになるんだぜ」

「……いいえ、私の覚悟なんて、大したものじゃないわ。守り、退け、進んでいくのは、貴方だもの」

 憂いとも苛立ちともとれる僅かな感情が滲む声で、アルマニアはそう言った。それに対し、一拍置いたあとで、ヴィレクセストが何かを言おうと口を開く。

 だが、それが言葉として発される前に、ぞわりと肌がざわつく感覚を覚えた彼は、別の言葉を叫んで剣を構えた。

「来たぞ!」

 入り組んだ道の向こうから急に感じられた気配に、ヴィレクセストが握っていたアルマニアの手を離して臨戦態勢に入る。その視線の先、うすぼんやりと照らされたそこに、何かの影が差した。

 ずる……、ずる……、べちゃり。

 粘着質なものが地を這いずるような音が鼓膜を撫でて、アルマニアは思わず音の方を見て、その光景に喉の奥で悲鳴を上げた。

 ヘドロに似た、黒くどろどろとした汚泥のような巨大な塊が、進行方向の通路いっぱいを塞ぐようにして、こちらへ向かってきていたのだ。

 よく見れば、その巨躯にはいくつもの老若男女問わない顔のようなものが埋まっており、それぞれが身体と同じ黒い泥のようなものを絶えず吐き出しながら、苦痛に呻く悲鳴のような声を洩らしている。

 誰に何を言われずとも、アルマニアもヴィレクセストも理解した。これは、秘術の実験の失敗作だ。失敗した残骸たちが、寄り集まってひとつの個になってしまったものなのだ。

 あまりに悍ましいその光景に、アルマニアは思わず口を覆って一歩後ずさった。そんな彼女を守るようにして立ちはだかったヴィレクセストが、攻撃魔法と防御魔法の装填トリガーを設置し、戦闘態勢に入る。

 すぐさま攻撃に出なかったのは、目の前のこれが持つ能力がまるで未知だったからだ。仮に反射カウンターのような力を持っていた場合、攻撃と防御の配分を誤ればこちらに被害が出る。できるだけこの世界の法則に則った行動を心がけようとする以上、ここで警戒して様子を見るのは、まさしく正しい判断であった。


 だが、今このときこの瞬間においては、そのこの上なく正しい判断が、僅かばかりの隙を生んでしまった。


 相手との距離や想定されるあらゆる能力、この魔物以外に突然発現し得る第二第三の攻撃、そして今の自分に許された二十にも満たない装填数と剣技だけでどう立ち回るか。

 それらの思考に僅か一瞬、ヴィレクセストの意識は集中した。そしてまるでその瞬間を狙ったかのように、彼の背後で突然、魔法が発動する僅かな気配が発された。

 尋常ならざる反応速度で即座に振り返ったヴィレクセストが、ほとんど反射的に己の背後、アルマニアへと手を伸ばす。だが、先程生まれてしまった一歩の距離が、ヴィレクセストが意識にすら上げていなかったその僅かな距離が、彼の手を拒んだ。

「っ、アルマニアッ!」

 叫んだ彼の手が伸びた先で、その顔に驚愕と恐怖をはっきりと滲ませたアルマニアを光が覆い、そして彼女の身体ごと、蝋燭の火を吹き消したときのような儚さで消え去った。

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