令嬢と不落の監獄 5

 これはやはり想定以上に厳しい状況なのではないか、と僅かに表情を曇らせたアルマニアに、ヴィレクセストが、だが、と口を開いた。

「現時点で入手できている情報から、色々と推測することは可能だ。良いか? まずこの監獄に掛けられている魔法だが、よくもまあ人間がここまでやったもんだと俺が感心する程度には、ものすごく複雑で難解だ。恐らく、数日どころで完成させられるような魔法じゃあない。それこそ、何年何十年、もしかすると何百年もの長期に渡って、歴代の八賢人たちが魔法を重ね掛けし続け、ようやくここまでのものを作り上げたんだろうよ。だから、いくら大賢人並みの魔法を扱えたとしても、ここに掛けられている魔法の数々を一朝一夕で攻略することは不可能だ。実際、俺が今外部通信手段を妨害しているのに関しては、多分だが人間の能力を超えた演算処理の末に無理矢理成功させている、って状況なんだろう。あ、どうせ今まーた約束と違うとか思ったろ? でもこうでもしねぇとこっちの侵入が向こうにバレちまうし、そもそも俺は大賢人の魔法演算能力がどの程度のものなのかとかも知らねぇから、もしかすると俺クラスの演算ができた可能性も否定はできない。ってことなんで、取り敢えずこの超演算に関しちゃあセーフって判定にしとこうぜ。とにかく俺が言いたいのは、この監獄はそれだけやべー魔法のオンパレードだってことだ」

 聞いているだけで気が滅入りそうな事実を容赦なく告げたヴィレクセストに、アルマニアはますます表情を硬くした。しかし、ヴィレクセストはただアルマニアを気落ちさせるためだけにこんなことを言うような男ではない。付き合いは短いが、それくらいはアルマニアも理解している。だからこそ、彼女は黙ったまま続く言葉を待った。

「今のがまず、一つ目のヒントな。で、もう一つのヒントは、この空間そのものだ」

 そう言ったヴィレクセストが、立ち止まって石造りの壁をこつんと叩いた。

「でかい迷路みたいな造りは見た目以上に複雑で、これだけで方角すらあやふやになるような仕様だが、どこに行っても一向に牢屋らしきものも囚人らしきものも見当たらない。それどころか、見回りの看守にすら遭遇しない始末だ。いくら何でも、ちょっとおかしいよなぁ」

 その言葉に、アルマニアがはっとしてヴィレクセストを見る。

「……魔法は半永久的なものではないわ。時間経過と共に弱まっていくものだから、当然それを防ぐために定期的に掛け直す必要がある。しかも対象は、長い時間をかけて構築された、貴方でさえも認めるほどの魔法。となると、掛け直しによって維持するのは並大抵なことではないでしょうね。一度に全てを掛け直すなんて芸当は不可能でしょうから、恐らく、幾重にも重なった魔法の一層が綻び始める前に次の魔法を重ねて補う、といった補強の仕方なのでしょうけれど、それにしたって監獄全体に施していたら、それこそ何日掛かりになるか判ったものではないわ。その上、今のこの国は、同等の厳しい警備体制を他の全ての監獄にも敷いているのでしょう? まあ、同等といってもこの中央監獄には及ばない可能性もあるけれど、それでも賢人たちに掛かる負担は倍どころの話ではない筈だわ。……果たして、そんなことが可能なのかしら? ああ、いいえ、判っているわ。不可能よ」

 きっぱりと言い切ったアルマニアが、ヴィレクセストの目を見つめて言う。

「だから、賢人たちは全てをここに統合したのね。ここは、あらゆる監獄に繋がる袋小路なのだわ」

 アルマニアの出した答えに、ヴィレクセストがにやりと笑った。

「ああ、俺も同じ考えだぜ、公爵令嬢」

 そう、飽くまでもこれはただの推測だ。それを示す証拠は手に入らず、正体を探るための情報も掴むことができない。けれど、きっとこの推測は限りなく事実に近いと、アルマニアはそう思った。

 軽犯罪者も視野に入れた実験に踏み出した賢人たちは、秘術の完成を急ぐため、実験の回数を急増させることにした。そしてその手段として、中央監獄以外に四つ存在する全ての監獄に実験設備を設け、万が一にも実験のことが漏れないように、全ての監獄に中央監獄と同等の警備体制を敷くことにしたのだ。これならば、同時に実験できる人数が増える上に、囚人の移送の手間や時間も省ける。だが、ここで問題になるのが、四つもの監獄に中央監獄並みの魔法を施すことは不可能である点だ。

(この空間について、ノイゼからの話は一切なかった。彼はただ、中央監獄に掛けられている魔法は非常に強力だと言っていただけ。自分が担当した幻惑魔法に関する情報を寄越さなかったのは、恐らく彼が不在の二年の間にそれらが書き換えられたり、別のことに利用されている可能性を考慮してのことでしょう。先入観を与えて混乱させるよりは、まっさらな状態で全力の警戒を煽る方が良いと判断したのね。実際、あれだけの規模の魔法が発動するのだから、僅かな迷いが命取りになるというのにも納得がいくわ。……けれど、この空間が私たちの予想通り袋小路なのであれば、話さないという選択肢を取る理由はない。少なくとも、可能性のひとつとして念頭に入れさせるべきよ。これはただのひとつの魔法ではなく、監獄を守る守護そのものなのだから)

 だが、彼は一切の言及をしなかった。それはつまり、この空間は彼が賢人たちに反旗を翻したあとにできたものであることを示している。

(ノイゼが八賢人から離反したのは、約二年前。軽犯罪者を実験対象にすると知っての行動だったのだから、当然と言えば当然だけれど、タイミング的にもぴったりだわ。……この空間こそが、たった二年で四つの監獄に中央監獄並みの警備体制を敷く方法だったのね)

 そう。賢人たちは、本来であれば中央監獄の至る所に仕掛けられていたはずの罠を空間魔法で切り取って運び、この巨大な迷路の中に設置し直したのだ。そして、全ての監獄をこの場所へと紐づけ、それぞれの監獄へ足を踏み入れようとした者を即座にここに転送し、鍵やそれに相当する何かを行わない限り、一生出ることができない仕様にした。

(故に、ここは中央地下監獄であって中央地下監獄ではない、と考えるのが妥当)

 恐らくここは、中央監獄とはまるで関係ない場所に作られた空間だ。空間魔法によって創造された場所なのか、実際の場所に巨大な迷路を作ったのかまでは定かではないが、少なくとも目的の監獄に物理的に繋がってはいないと考えるのが賢明だろう。

 特別に用意したこの場所に多くの魔法を移し、監獄を守る力のほとんどを集約させている以上、それぞれの監獄そのものの警備は手薄になっているのだろうが、その手薄な本体に足を踏み入れることができる者がいないのであれば、なんの問題にもならない。

 そしてこの措置は、同様に牢を一歩でも出ようとした囚人にも発動するようにされているだろう。もしかすると、他にも何かしらのトリガーがあって、ここに飛ばされることもあるのかもしれない。

 何にせよ、侵入者や脱獄者を処理するためのあらゆる魔法を極集中させた場所を作って繋げる、というこの方法であれば、これまでと同等の負担で全ての監獄を強固に守ることが可能だ。その上、極集中した魔法たちはこれまで以上に過酷に牙を剥いてくるだろう。

 場所の確保ないし設置や、魔法の転移、各監獄との接続などの初期設定には非常に労を要しただろうが、空間魔法の達人である界従かいじゅの賢人であれば、血反吐を吐いてでもやってのけたはずだ。

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