令嬢と不落の監獄 4
そんな仄暗い道をアルマニアの歩幅に合わせて歩みながら、ヴィレクセストは、さて、と口を開いた。
「さっきの話だが、公爵令嬢の言った通り、俺にとってあんなのはハプニングの内にも入らないような些末事だ。だが、大賢人相当の魔法だけであの場を切り抜けようと思うと、ちょっと時間がかかりそうだった」
「……時間さえかければ切り抜けられた、と?」
「ああ。今は
「……解釈?」
訝しげに言ったアルマニアに、ヴィレクセストがこくりと頷く。
「当初の約束通り、魔法に関しちゃあ、基本的に大賢人相当の魔法しか使わない。が、それとは別に、この上ない剣の達人にも今回の潜入に同行して貰ったことにする」
言われた言葉に、アルマニアはぱちりと瞬きをしてから、呆れたような表情を浮かべた。
「…………相応しい人間にその地位を与えるまでは、侍従も宰相も文官も騎士団も近衛隊も全て貴方が兼ねる、と、確かに言っていたわね」
「そういうことだ。そもそもこんなやべぇ場所に連れてくお供が魔法師だけって方が有り得ないんだから、剣士の一人や二人いても良いだろ」
「……その剣士がこの上ない達人でも?」
じとりとした目で見られたヴィレクセストが、そんなことは全く気にしないような声で笑った。
「至る結果は同じなんだ。遅かれ早かれそうなるんなら、手っ取り早く至らせるさ。あんただって、そう言ってただろ?」
返ってきた言葉に、アルマニアは僅かに眉根を寄せてから、大きく息を吐き出した。
(元から彼の匙加減ひとつなのだろうとは思っていたけれど……、……想像していた以上なのね)
ヴィレクセストがその気になれば、ザクスハウルを乗っ取ることなど容易で、そして恐らく、それをやれない理由もない。だから彼は、ただやらないだけだ。アルマニアという人間を王に育てるため、その妨げになり得るようなことは一切しないだけなのだ。
それ故に、彼は柔軟に己に課した枷をきつくしたり緩めたりする。できるだけこの世界の人の範囲を超えない程度の力しか出さない、という言葉にも、きっとあまり意味はない。便宜上判りやすいからそういう言葉を使っているだけで、アルマニアの王道のために必要となれば、彼は迷いなく人ならざる上位種の力を振るうのだろう。
(…………ええ、きっと、そうなのだわ)
ヴィレクセストの行動は、きっとどんなときでもアルマニアの王道に根差している。だから、仮にアルマニアが今この瞬間に不足なく王にふさわしい人物になったならば、彼は全ての力を解放し、すぐさまアルマニアを王に至らせることだろう。
枷など、ヴィレクセストが勝手に決めて自ら嵌めているものにすぎず、彼を拘束し得るものではないのだ。
「だからと言って、俺を当てにするなよ」
まるでアルマニアの思考を読んだかのような言葉が唐突に投げられ、アルマニアははっとして顔を上げた。視線の先、彼女の斜め前には、先導するヴィレクセストがいる。
「俺は不確定要素だ。王気を伴わない言葉には従わない」
逆らうことを許さない声が短くそう言い、アルマニアは彼の後ろ姿を見つめたあとで、はっと小さく笑うように息を吐き出した。
「最初から、必要以上に貴方を頼ろうなんて思っていないわ。そうでなくても、貴方は人間には過ぎた存在なんだから」
勿論、アルマニア一人では何もできない以上、全く頼らないとは言わない。寧ろ、重要で強力な戦力である彼のことは、大いに頼らせて貰うつもりだ。だが、それは飽くまでも彼の許容範囲内での話である。彼が手を出さないと決めたことに対して助力を乞うような真似は絶対にしないと、彼女はそう決めていた。
けれど、とアルマニアは胸の内で呟いた。そして、先程のヴィレクセストの言葉を思い返して、そっと声を出す。
「貴方は、結構甘いところがあるわよね」
「うん? なんの話だ?」
振り返って首を傾げてきたヴィレクセストに、アルマニアは彼の顔をじっと見たあとで、ゆるりと首を横に振った。
「いいえ、いいわ。何か意図があってのことなのか無意識なのかなんて、私には判断がつかないもの。……そんなことより、取り合えず適当に進むと言って歩いているけれど、そろそろ現在地くらいは把握できたの?」
「いやぁ、情報収集系統の魔法を展開して色々探ってみてはいるんだが、ちと厳しいなぁ。ほら、八賢人の一人に、現在の情報を司る
中央地下監獄は面積もあるが、それよりも上下方向に広く、罪が重い罪人ほど地下深くに収監されているらしい。状況から推測するに、目的の人物である魔法師団団長がいるのはかなり深い階層だと思われるため、二人は地下深くを目指して進んでいかなければならないのだが、今自分たちがいる階層すら判らないとなると、目的地までの距離が全く予想できないに等しい。
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