令嬢と不落の監獄 3

(こ、これは、有りなのかしら……)

 内心で浮かんだそれに、アルマニアは自ら、いやどう考えてもなしだろう、と突っ込んだ。そもそも彼が使っている魔法だけで、人としては割とギリギリの領域なのだ。それに加えて間違いなく人類史上最高峰、もしくは最早人外の域の剣技を発揮しているのだから、余裕で人の域を外れている。

 これは明確なルール違反だ、と悟ったアルマニアは、真面目故に、舞うような優雅さで敵陣を駆け抜けていくヴィレクセストに向かってそれを叫んだ。

「ヴィレクセスト! 約束が違うわ!」

 別に違えられたところでアルマニアには一切の不利益がないどころか、寧ろ利益しかないような状況だが、彼女は真面目なので不正を許さない。馬鹿正直とも言う。

 案の定その真面目さにヴィレクセストは思いっきり噴き出したが、さすがに今それに応えるほどの余裕はない。

 紙一重で矢を交わし、斬り伏せ、ときに攻撃魔法で補助をしながら先へ進んだヴィレクセストは、ようやく見つけたそれに目を細めた。

「こいつだな!」

 叫んで、見定めた一点に向かって剣を振り下ろす。一見何もない空間に見えるそこを剣が一閃したその瞬間、ぱりんと何かが割れるような音が響くと同時に、切り裂いた空間に砕けた魔法陣がじわりと滲み出て、そして溶けるようにして消えていった。

 巧妙に隠されたこの魔法陣こそ、ここら一帯に仕掛けられた攻撃魔法のひとつだったのである。

 魔法陣の完全消滅を確認したヴィレクセストは、同じ要領で残りの魔法陣も片づけに走った。これだけの数の光の矢を発動させるには、それ相応の数の魔法陣が必要な筈だ。厄介なことに、魔法陣はひとつひとつが恐らくノイゼによる幻惑魔法で隠されているので、探すだけでそれなりの労を要するが、攻撃の速度や角度から発射された方向を予測することは可能で、それが判れば、実現範囲と実現強度を元にある程度まで魔法陣の場所を絞ることができる。そしてそこまでが済めば、あとは少しだけ意識を集中させて、それっぽい臭いがする場所を壊せば終わりだ。

(単調作業で面白くはねぇんだけど、まあ攻略なんてのは何事もこんなもんだよなぁ)

 壮絶な集中力と計算能力、技術などを必要とするその行為を、ヴィレクセストは半ば欠伸混じりにこなしていった。そうして魔法陣の最後のひとつを壊し終えたところで、彼はふぅと息を吐いてから、アルマニアの方を振り返ってにっこり笑った。

「待たせたな、公爵令嬢。これで一息つけるぜ」

 ヴィレクセストがそう言うと同時に、攻撃魔法の装填トリガーと、アルマニアを守っていた防御魔法の装填トリガーがすっと消える。通信妨害ジャミング用の装填トリガー以外を消したということは、実際にここは安全な場所になったということなのだろう。

 それは大変喜ばしいことだが、今はそれを喜んでいるような場合ではない、と思ったアルマニアが、のんびりとした足取りでこちらへ向かってくるヴィレクセストを睨んだ。

「助けてくれたことにはお礼を言うわ。どうもありがとう。けれど、これは明らかに貴方の宣言を超えた行為よ」

 明確な怒りすら滲ませてそう言った彼女に、ヴィレクセストはまじまじと彼女の顔を見た。

「助けられた身で怒るんだもんなぁ、あんた。ほんと、まさしく器ってやつだ。俺の見る目の良さに感服しちゃうね」

「茶化さないで。よほどのことが起こらない限り、使うのは大賢人相当の魔法だけ、と言ったのは貴方よ。潜入早々その約束を違えたのは何故?」

「それであんたに何か不利益があった訳じゃねぇし、寧ろ利益しかなかったんだから、そこは素直に喜ぶ訳にはいかないのか?」

 言外に気にするな、と言ったヴィレクセストを、アルマニアはより険しい顔で睨みつけた。

「お生憎様、私は理由なく突然与えられたものを喜んで享受できるほど、馬鹿ではないの。……貴方の力は人には過ぎたものよ。だからこそ、私は必要以上にそれに頼るわけにはいかない。私が王になるために貴方の力は不可欠だけれど、だからといって過剰に与えられたくはないのよ。それじゃあ、私は本当の王にはなれないわ」

「……さっきのハプニングがよほどのことだった、って考えにはならないのか?」

「有り得ないわね。だって、あのままでもあの場で膠着状態を維持することはできた筈だもの。前に進むことはできないけれど、命の危機に瀕している訳でもない。そんな程度の事態を危機的状況と判断するような愚か者を、配下に迎えたつもりはないわ」

 はっきりと言い切ったアルマニアに、大きく息を吐き出したヴィレクセストが両手を上げた。

「判った判った、降参だ。ちゃんと説明しますよ。でも、時間が惜しいから歩きながらな」

 そう言って、ヴィレクセストはアルマニアに向かって手を差し出してきた。エスコートしてくれるということなのだろう。しかしこんな場所でエスコートも何もあるか、と思ったアルマニアだったが、監獄の魔法から身を守るためにも離れない方が良いということなのかもしれない、と思い直し、彼の手に自分の手を重ねた。

 少し嬉しそうな顔をしてアルマニアの手をしっかりと握ったヴィレクセストが、先導するようにして先へと進んでいく。と言っても、空間魔法によって監獄全体が歪めらている影響で彼にも現在地が判らないそうなので、取り敢えず道が続いている方へと脚を動かしているだけだ。

 天上も床も壁も、その全てが石で覆われた空間は、酷く閉鎖的で息が詰まるような場所だった。地下ゆえに当然陽の光はなく、壁に点々と設置された魔法灯のぼんやりとした灯りだけが、埃と土の臭いが濃い周囲を照らしている。

 監獄という割に牢屋らしいものがひとつも見当たらないのは、牢屋があるエリアとは全く違うエリアに迷い込んでしまっただとか、そういうことなのだろうか。少なくとも二人が今いる場所は、複雑に道が入り組んでいるのも相まって、牢獄と言うよりは巨大な迷路と言った方がよほど似合う様相をしている。何にせよ、好んで長居したいと思うような場所ではないな、とアルマニアは思った。

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