令嬢と不落の監獄 2
扉が開いたそこには、無色だがその先を遮って映さない、空虚を満たした膜のようなものが張られていた。
ヴィレクセストに手を引かれたアルマニアは、彼に導かれるようにして、扉の向こう、奇妙な膜の先へと足を踏み入れ――瞬間、ぐるりと世界が巡るような不可思議な感覚に襲われ、彼女は頭を押さえて頽れそうになった。だがその寸前で、隣にいたヴィレクセストが、ふらついた彼女の身体を抱き寄せて支える。
ぐらぐらと揺れる頭に呻いたアルマニアは、それでもなんとか思考を働かせ、一体何が起こったのだ、と口にしようとした。だがその前に、ヴィレクセストの怒号のような声が響いた。
「――
その叫びと共に、ヴィレクセストの周囲に無数の光の弾が生じ、一気に弾けた。装填と発動がほぼ同時だったことから察するに、驚異的な処理能力で、あれだけの数の魔法の演算を瞬時に済ませたのだろう。
それぞれの魔法が何をしたのか、アルマニアにはその全てを把握することはできなかったが、ほんの一部、二人の周囲に向かって奔った複数の攻撃魔法と、二人を守るようにして展開した防御魔法だけは見て取ることができた。
「悪い公爵令嬢! 俺が少しミスった!」
無数の魔法を展開しつつ、ヴィレクセストがそう叫ぶ。それを聞いて、アルマニアもようやく気づいた。今ヴィレクセストが魔法で対処しているのは、監獄に仕掛けられた罠による、攻撃魔法の猛攻だったのだ。
「監獄に入ると同時に空間魔法を使って、一気に最深部辺りまで進めないか試してみたんだが、どうやらここでは空間魔法が上手く作動しないらしい! 恐らく、空間魔法を使ってこの場所全体の空間をあらかじめ捻じ曲げるだとかしてるんだろう! そのせいで、繋ぎたい場所に上手く繋がらないし、そもそもここがどこなんだかすらよく判らん!」
絶え間なく襲い来る光の矢のようなものを、同じ種類の攻撃魔法で叩き落としながら、ヴィレクセストはそう言った。それを聞いたアルマニアは思わず、自分を庇うように抱きしめる彼を見上げた。
「いきなり想定外の事態になってしまったということよね!? 大丈夫なの!?」
「今のところはな! まず、外部への監獄内部の状況の伝達経路については、侵入と同時に捕捉して潰した! が、案の定すぐさま演算式を書き換えて再試行するように仕組まれていたから、俺の方の目途がつくまでは暫くそっちにかなりの比重を割くことになる!」
「かなりって……」
「具体的には百ある装填数の内の八十以上を伝達経路潰しに充てている! 今は残りの十ちょいで防御と迎撃をしているところなんだが……」
四方八方から向かってくる光の矢に対し、ヴィレクセストが撃ち込んでいる矢の数の方が圧倒的に少ない。二人をドーム状に覆っている防御魔法が守ってくれているため、矢が二人の下へ到達することこそなかったが、これでは満足に進むこともできないだろう。
よくよく観察してみれば、そもそもヴィレクセストが攻撃に使っている
(一、二、三、……速くて見にくいけれど、矢を放っている
より強力な魔法を展開するために、複数の
だが、そのせいで攻撃に割ける
これは、侵入早々結構な危機的状況なのではないだろうか。そう思ったアルマニアが、彼にどうするのかを尋ねようとしたとき、
「だあああああ面倒臭ぇ!」
突然そう叫んで頭を掻きむしったヴィレクセストが、ばっと右手を横に出す。すると、何の前触れもなく現れた光の粒子がその手に集まったかと思うと、見る見るうちに白銀に輝く一振りの
それを目にしたアルマニアが何かを言うより早く、ヴィレクセストが石畳の床を蹴って叫ぶ。
「公爵令嬢はそこを動くなよ!」
そう言い置いて防御壁を抜け出したヴィレクセストは、正面に向かって駆け出した。しかし間髪入れずに、無防備になった彼目掛けて光の矢が降り注ぐ。
「ヴィレクセストッ!」
とてもではないが避けきれない弾幕のような攻撃に、アルマニアが悲鳴混じりの声で彼の名を叫んだ。だが次の瞬間視界に広がった光景に、彼女は言葉も忘れてぽかんと口を開けた。
「…………嘘……」
暫くの間を置いてようやく落ちた言葉が、空気を小さく震わせる。
アルマニアの見ている先には、およそ人の域を超えているのではないかと思えるほどの動きで光の矢を斬って捨てていく、ヴィレクセストの姿があった。
魔法による防御壁は全てアルマニアを守るのに使ってしまっているので、今の彼を守るものは何もない。つまり彼は、五つ程度の攻撃
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