令嬢とザクスハウル国の異変 2

「この拠点のように空間魔法で用意した場所を幻惑魔法で隠し、そこに籠城していたのですが、私は回復魔法があまり得意ではないので、負った傷が癒えるまでに随分と時間を要してしまいました。どうにかこの身が癒えたのが、逃亡から半年が経過した頃で、そこから私はレジスタンスを発足して、少しずつ仲間を集めていきました。……と、これがここ数年でこの国に起こったことと、私がこうしてレジスタンスのリーダーとなった経緯です」

 そう言ってひとつ息をついたノイゼに、アルマニアは納得したような表情を浮かべた。

「その話を聞いて、ようやく繋がったわ。二年ほど前から突然この国で軽犯罪の扱いが厳しくなったのは、きっと実験体を確保するためだったのね」

 その言葉に、ノイゼは苦々し気な顔をして頷いた。

「恐らくは、アルマニア嬢の仰る通りだと思います。長く監獄にいるのはそれなりの罪を犯した人間ばかりですから、その分身体能力や魔法能力に優れた者も多く、そういった人間を実験段階で使ってしまうのは躊躇われたのでしょう。しかし、軽犯罪しか犯していない者は短い更生期間を置いて釈放されることがほとんどであるため、失敗の可能性が高い実験に使うことは難しい。だから、軽犯罪者が釈放されなくても疑いを持たれないよう、無理矢理に犯罪者への懲罰の度合いを引き上げたのだと、私は考えています」

 アルマニアは自分と全く同じ考えを述べたノイゼに頷きを返してから、それにしても、と小さく首を傾げた。

「そういう経緯なら、賢人側が逃げた貴方を血眼になって探していそうなものだけれど、それでもここまで見つからずに済んでいるのは、それだけ貴方の幻惑魔法が優れているということなのかしら?」

「ああ、いえ、そうではないのです。そもそも彼らは、私を死んだものと思っているのですよ。逃げる際に、魔法で私が彼らに殺されるビジョンを投影しましたから」

「……なるほど、幻惑魔法で貴方の死を見せて、その隙に逃げたということね」

「はい。あのときほど、私の得意魔法が幻惑魔法で良かったと思ったことはありません。正面からの戦闘では、七人の賢人相手に生き延びることなど不可能ですからね。ただ逃げるだけで良ければ、それこそ空間魔法を得意とする界従かいじゅの賢人などは最適なのでしょうが、それでは賢人たちに逃げたことが丸分かりですし、逃げたあと身を隠し続けることも難しい。遅かれ早かれどこかで捕まって殺されるのがオチでしょう。私が幻夢の賢人だったからこそ、こうして生き延びることができたのです」

 ノイゼの言葉に、アルマニアはなるほどと頷いた。ならばアルマニアにとっても、唯一ザクスハウル国の現状を憂いて立ち上がったのがノイゼだったのは、僥倖なのだろう。

「……でも、本当に貴方が生きていることはばれていないの? 貴方の死が真実だと思われているのであれば、帝国にいた頃の私が幻夢の賢人が死んだという話を聞いていてもおかしくはないと思うのだけれど」

 だがアルマニアは、そんな話を耳にしたことはない。そう思って言えば、ノイゼはああと口を開いた。

「現状は、賢人八人が揃ってようやく残りの二国を牽制することができるような状況なので、賢人が一人欠けたとなると、結構な大事なのです。ですから、私の死は可能な限り、他国はおろか国民たちにも秘匿しておくつもりなのでしょう」

「ああ、そういうことなのね」

 そう答えつつも、万が一に備えて、ノイゼの生存が賢人たちに漏れている可能性も念頭に置いておくべきだな、とアルマニアは思った。

「……さて、ここまでで何かアルマニア嬢のお役に立てる情報はございましたか?」

 そう言いながらノイゼは、静かに首を傾けた。

「……そうね、正直初耳な情報ばかりだったから、大いに役に立ったわ。秘術のくだりなんかは特に、ね」

 アルマニアはずっと、ザクスハウルが帝国に仕掛けた秘術はいわば毒のようなもので、解毒剤に相当する解呪法を餌に敵国を降伏させるつもりなのではないかと思っていた。もしくは、単純に敵国の人間を魔物に変えて無差別に暴れさせることで、敵国の国力を削ぐのが目的なのかもしれないとも考えた。だが、そのどちらも間違っていたのだ。

 ザクスハウルが秘術を通して成そうとしていたのは、自国の兵力の増強である。最終目標である、魔法師団兵の自由意思による可逆性の変化とは、すなわち、

「魔法師団の団員たちが、自我を保ったまま己の意思で魔物へと変じたり人に戻ったりできるようになること。それこそが、秘術の完成形だったのね。そしてそれが成されれば、ザクスハウルは自在に魔法を扱う強力な魔物の兵を得ることになる。……なるほど、それは確かに他の二国にとっては大きな脅威だわ」

 そう言ったアルマニアが、顎に指を当てて言葉を続けた。

「シェルモニカ帝国に秘術を使ったのは、きっと実験の一環ね? ある程度秘術が出来上がってきたから、現段階でどれだけの規模の人間を魔物化できるのか、対象の年齢や性別その他の違いで魔物化の度合いや自我の残り方などに変化はあるのか、辺りを調べようとしたというところかしら。あそこまで大規模な実験ですもの。国内の犯罪者だけでは到底足りなかったからこそ、帝国を実験の場として選んだのね。帝国の技術力と魔法力ではあの秘術を解析することは困難な上、帝国内で起こったことであればリッツェリーナも簡単に調べることはできないわ。それに、多分主目的ではなかったのでしょうけれど、あのまま聖獣が現れなかったら、場合によってはあの街を足がかりに帝国を侵略することもできたかもしれない。それはそれで戦力の増強に繋がることを考えると……、確かに帝国は最適な実験場ね」

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