令嬢とザクスハウル国の異変 3

「……さすがですね。先ほどの話だけで、そこまでお考えになるとは。ええ、仰る通り、私もシェルモニカ帝国での件は、大規模な実験だったのではないかと考えています」

「あの事件が起こったのが、およそひと月前。……あのとき魔物にされた人々の中で、自我を保っていた者はいないと聞いているわ。ということは、まだ秘術は完成していない可能性が高い」

 勿論、ひと月の間に劇的な成果が上げられていることも考えられはするけれど、と付け加えたアルマニアに、ノイゼが首を横に振った。

「いいえ、アルマニア嬢が初めに仰った通り、現時点で秘術は未完成のままだと思います。もしも完成していたならば、リッツェリーナ王国の戦力がこれ以上増える前に叩くため、すぐさま戦争の準備がされる筈ですから。……ですので、実験はまだ行われ続け、これからもきっと多くの犠牲者が生まれてしまう。これ以上民を失わないためにも、一刻も早く実験を止めなければ」

 膝の上で組んだ手に力を込めたノイゼを見て、アルマニアがひとつ瞬きをした。

「……さっき貴方は賢人たちの力は拮抗しているって言ったけれど、一対一ならどうにかならないかしら? なんとか彼らを分断して、一人ずつ相手取ることができれば……」

 その言葉に、しかしノイゼは苦い顔をして首を横に振った。

「いいえ、それは難しいでしょう。大前提として、彼らが一人きりになることはまずありません。貴女の仰る通り、一対一ならばやり合えてしまいますからね。賢人の誰か一人でも良からぬことを企んだ場合を考えると、一人行動は百害あって一利なしなのです。なので、賢人たちは常にツーマンセル以上で行動するのが基本です。これを崩して誰かを一人きりにするのは、かなり至難の業だと思いますよ。それからもう一つ、魔法にはある程度相性というものがあります。たとえば私が得意とする幻惑魔法は、相手を惑わせ混乱させる点においては優れていますが、攻撃性能や防御性能は皆無の魔法です。そのため、広範囲に渡る攻撃魔法などを展開されると防ぎようがない。賢人たちから逃げる際に負った傷も、鋭牙えいがの賢人が放った広域攻撃魔法によるものです。彼らも賢人なので、魔法の知識や対処法について非常に詳しく、幻惑魔法の弱点もよく把握しているのですよ」

「……それじゃあ、逆に貴方はどの賢人となら相性が良いのかしら」

 アルマニアの問いに、ノイゼがすぐさま言葉を出す。

「それぞれ現在と過去の情報を司る現見うつしみの賢人と昔歳せきさいの賢人相手ならば、対等以上に渡り合えるでしょう。実際、幻惑魔法で彼らの目を欺き続けられなければ、私がこうして生き続けることは不可能ですから」

 その回答に、アルマニアは少しだけ考えこむように黙ってから、後ろにいるヴィレクセストを振り返った。

「貴方はどう?」

「俺? 俺はまあ、ここの魔法はなんでも扱えるし、複数属性の同時展開もできるし、向かうところ敵なしって感じだけど」

「それは知っているわ。私は現実的な話をしているの」

 言われ、その意図を正確に読み取ったヴィレクセストが、にやりと笑った。

「そうだなぁ、よっぽどのことがなけりゃあ、道理に乗っ取るつもりだよ。で、俺の身体はひとつしかない」

 つまり、この件においてはこの世界の魔法のみの使用に限る上、それも常識的な範囲での運用に留める、ということだ。彼がそう明言した以上、アルマニアはそれを前提に策を練らなければならない。

「ノイゼ、さっき貴方はツーマンセル以上が基本と言ったけれど、逆に最大何人までという決まりはある?」

「ええ、基本的には、どんなに多くても四人までと定められています。といっても、そんなに大人数で行動することは極稀ですね。ほとんどの場合はツーマンセルで、ときどきスリーマンセルになることがあるという程度だと認識していただければ良いかと」

「……そう」

 ということは、ヴィレクセストが相手取れるのは多くて三人だと考えておくのが妥当だろう。

(ヴィレクセストが三人で、ノイゼが無理をして相性の良い相手を二人……。……単純計算でも、あと二人分は足りないことになるわね)

 レジスタンスの面子を充てたところで歯が立たないのは火を見るよりも明らかだし、そもそも彼らには賢人の配下にいる魔法師団を任せる可能性が高い。それですら荷が重いかもしれないのだから、間違っても賢人戦に使用できるような戦力ではないだろう。

「……議会のときであれば、賢人たちは一堂に会しているのよね?」

「はい、その通りです。……しかし、議会の場は強力な結界魔法で覆われている上、それを破ったとしても、その瞬間に界従の賢人による空間魔法で味方側が散り散りにされる可能性が高いでしょう。そしてその際に、十中八九賢人側も二人ないし三人ずつに分かれることが予想されます。戦闘の際に賢人全員がひとところに集まるのは、それだけ規格外の脅威を前にしたとき以外には有り得ません」

 その言葉に、アルマニアは内心で唸った。

 ヴィレクセストがその脅威に該当する可能性はあるが、接触と同時に分断されるのであれば、事前に彼がそれだけの力を持っていることを知らしめる必要がある。だが、戦う前から持てるカードを見せてしまうのは、あまり良い手だとは思えなかった。

「……ヴィレクセスト、結界を破った直後に、貴方の逆算で界従の賢人の空間魔法を無効化することは可能?」

 その問いにぱちぱちと瞬きをしたヴィレクセストは、次いでノイゼの方を見て首を傾げた。

「可能なもんなのか?」

「……その場で構築された魔法を逆算するならともかく、会議の場で起こる魔法はそのほとんどが既に構築されたもの、いわば事前設置型の罠のようなものです。条件を満たすと同時に自動発動するそれを逆算するとなると、人間技とは言えないでしょうね」

 何故自分に訊くのか、という顔をしながらもそう答えたノイゼに、ヴィレクセストはそうかと言ってからアルマニアに視線を戻してにこりと笑った。

「じゃあ無理だな」

 その場にいたアルマニア以外の全員が、何がじゃあなんだ、と思ったが、今それを口にすべきではないことは判っていたので、誰も何も言わなかった。

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