令嬢と作戦会議 6

「良いわ、別にそこまで怒っている訳ではないの。貴方の心配も理解はできるもの。だから顔を上げて」

 その言葉に素直に顔を上げたヴィレクセストが、次いで口を開く。

「念のため確認するが、あんたが俺という家臣代理にする指令は、レジスタンスの存在有無の確認と、それに接触する術の模索、で良いんだな?」

「ええ。……でも、それをするのにかかる時間次第では、考え直す必要があるかもしれないわ。情報を得るまでにどれくらいの時間を使いそうか、ある程度の見当はつくかしら? もしもつかないなら、期限をひと月かふた月かに絞って調査した上で、手ごたえがなさそうなら別の手段や方針を考える、ということにしようと思うのだけれど」

「ああ、それなら問題ない」

 アルマニアの問いにそう返したヴィレクセストが、すっと目を閉じた。

「……奔る閃光 轟く咆哮 願いは空へ 誓いは大地へ 果てに至る奇跡の名の元に 杭は今ここに穿たれた」

 静かな声が詠唱のようなものを奏でると同時に、彼の身体からバチバチと音を立てて細い雷が散り、アルマニアは目を見開いた。だが、そんな彼女をよそに、ヴィレクセストは淀みなく言葉を紡ぎ続ける。

「吹き荒れる風よ 砂を灼く炎よ 我は行く末を見定める者 我はこの世全てのいかずちを統べる者 なればその遠雷は 須らく我の手に集うべし ――“轟雷は我が手に在りてトル・マネハーレ・ケラヴノス”」

 彼が詠唱を終えたその瞬間、彼の全身を覆うようにして生まれていた無数の小さな雷たちが、一気に弾けた。雷の光が彼を中心とした全方位へと駆け抜けていき、あっという間に見えなくなる。それに数瞬遅れてはっとしたアルマニアがヴィレクセストを見れば、彼は未だにその身体から小さな雷をぱちぱちと弾けさせながら、目を閉じていた。

 何か・・をしているのだろうと思ったアルマニアがただ黙って見守っていると、暫く経ったところでヴィレクセストを覆っていた雷たちが唐突に掻き消え、彼は目を開けた。

「っぷはー! 相変らずきっつい魔法だなぁ。よくもまあこんなもんを考えて運用したもんだ」

 口ではそう言いながらも、ヴィレクセストはけろっとした顔をしている。そんな彼に向かって、アルマニアは耐えきれずに訊いた。

「今のは、何……? 何をしたの……?」

 果たして答えて貰えるのだろうかと思いながらの問いだったが、意外にもヴィレクセストはすんなりと答えを返してくれた。

「別世界にいるとある天才が編み出した雷魔法でな。簡単に言うと、指定した範囲全域の映像を全部脳内に投影した上で、更に指定した座標に雷を降らせるっていう、超広域攻撃魔法なんだ。だから本来は攻撃手段として使われるもんなんだけど、今回はこの“指定範囲の映像を投影する”ってところだけを使って、レジスタンスがいるかどうか、ザクスハウル全域をくまなく探し回ってみた」

「……映像投影……、……ザクスハウル全域…………」

 あまりに次元が違う話に、アルマニアの脳が理解することを拒もうとする。だがそんな自分を叱咤してなんとか思考を動かした彼女は、ヴィレクセストに向かって口を開いた。

「……その魔法が存在する世界では、貴方が使ったその魔法って、普通に使われているものなの……?」

「いやぁ? 最高難易度の魔法のうちの一つだから、使える奴なんて同じ時代に一人とかしかいねぇと思うけど」

 あっけらかんと言った彼に、アルマニアが眩暈がしそうになった。

(……やっぱりヴィレクセストって、とんでもなく規格外なんだわ……)

 判り切っていたことではあるが、こうして常識外れの力を見せつけられる度に、改めてそれを実感してしまう。

「…………そんな魔法を使ってしまって良かったの……?」

「まー、あんたの方針は理解したし、ザクスハウルのことはできるだけ急ぎでって意向も伝わったからな。それなら、最速で動くに越したことねぇだろ」

「……つまり、貴方がやっても良いと思ったからやった、ということなのね……」

「そういうことになるな」

 こくりと頷いたヴィレクセストに、アルマニアは彼の考えを理解しようと思って、すぐにやめた。どんなに考えたところで、彼の中の基準を知ることなどできそうにないと悟ったのだ。

 そうとなれば、もうあの魔法やヴィレクセストの行動については横に置いておいて、下された指令をまっとうした家臣代理の報告を聞くべきである。

「それで、調査結果はどうだったのかしら」

 すぱっと切り替えてそう訊いたアルマニアに、ヴィレクセストがにやりと笑った。

「大当たりだぜ、公爵令嬢。レジスタンスは確かに存在する。だが、潜伏場所はかなり巧妙だ。何重にも施された幻術やら結界やらの系統の魔法ががっちがちに掛かってるせいで、かなり高等な魔法なりそれに準ずる何かなりを使えない奴があそこを見つけるのは、至難の業だろうな」

「……でも、貴方はすぐに見つけたのね」

「そりゃあ、使ってる魔法のランクが桁違いだからな。特別な世界の魔法に、この世界の魔法が太刀打ちできるわけがねぇだろ」

「ああ、そう……」

 相変らずよく判らない理屈だが、考えても仕方がないので、アルマニアは流すことにした。

「とにかく、レジスタンスの存在と潜伏場所は掴めたわけね。それで、接触は試みられそうなのかしら」

「正面から尋ねるのか、隠れて侵入するのか、レジスタンスに加入を希望する一般人のふりをするのか、は知らねぇけど、まあどういう手段でいったとしても、取り敢えず接触するところまでは運べると思うぜ。勿論、そのあとどうなるかはあんた次第ではあるが」

 で、どうするつもりなんだ公爵令嬢、と続いた言葉に、アルマニアは挑戦的な笑みを浮かべた。

「もちろん正面突破よ。私は彼らの王になる人間なんですから」

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