令嬢と作戦会議 5

「……へぇ?」

 アルマニアの言葉に、ヴィレクセストは、面白そうというよりはやはり嬉しそうと言うのが一番近いような表情を浮かべた。

「シェルモニカ帝国における貴族たちの腐敗や病の兆しも気がかりではあるけれど、今すぐに何か重大なことが生じる可能性は限りなく低い案件だわ。リッツェリーナ王国の軍事増強についてもそう。確かに加速的に軍事力が増大してはいるけれど、だからと言って今すぐ戦争を起こすような予兆も見られない以上、最優先事項とは言えないでしょうね。……でも、ザクスハウル国は違うわ。八賢人の暴走のせいで国民たちに大きな被害が生じているし、あれだけの効果を発揮できるくらいまで開発された魔物化の秘術を有しているとなると、その被害は国内だけには留まらない。だから、ザクスハウルが最優先よ」

 そう言ったアルマニアはそこで一度言葉を切り、少しだけ考えこむようにしてから、再び口を開いた。

「ねぇ、他の二国に比べてザクスハウルの情報が得られなかったのは、どうして? 他の二国にはない理由があるのでしょう?」

 その問いに、ヴィレクセストが頷く。

「シェルモニカとリッツェリーナは、君主と大きな議会によって国の方針が定められているから、とにかく関係者が多くて探りやすいんだよ。だけどザクスハウルは、主権者である八賢人だけですべてが決められてるだろ? ってことはつまり、八賢人しか重要情報を把握していないってことなんだよな。この、他の国にはない完全なる情報統制のせいで、いくら調べても末端情報にしか到達できない。厄介だぜあの国は」

 大して厄介だとは思っていなさそうな声でそう言ったヴィレクセストに、アルマニアは顎に手を当てた。

「そう。ということは、潜入捜査をしたところで無理があるわね。八賢人に直接探りを入れるなんて、現実的ではないもの。となるとやっぱり、レジスタンスが実在すると仮定した上で、接触を試みるしかないわ。彼らがどの程度情報を集めているかは知らないけれど、貴方の調査でも噂程度しか掴めなかったことを鑑みると、その存在を巧妙に隠せる程度には優秀である可能性はある。だったら、少なくとも私が今持っている情報よりはマシなものを掴んでいるはずよ」

「優秀っつっても、存在を完全に隠せてるわけじゃあないぜ? 調べれば噂として掴めちまう程度の隠密性しか発揮できてない組織だ、って考え方もあると思うが?」

「いいえ、それはきっとわざとね。存在を完全に隠してしまったら、新たな協力者を見つけることができないもの。だから、調べれば噂くらいは掴めるようにしておいて、そこからレジスタンスの存在に辿り着くことができるかどうかで、仲間として受け入れるに足るかを判断している、とか、そんなところじゃないかしら。下手をすると八賢人にも見つかりかねない危険な賭けだけれど、敢えてそうしているということは、もしかすると八賢人はそんな噂にかまけているような暇なんてないのかも。……まあ全部、レジスタンスが本当に存在していたら、の話ではあるけれど。でも、レジスタンスが実在していて、そしてこれらが全て計算ずくのものだとしたら、もしかするとレジスタンスは、私が思っている以上に優秀な組織かもしれないわ」

 だから、まずはその存在の真偽を確かめ、接触する方法を探して欲しい、と言ったアルマニアに対し、ヴィレクセストがうーんと唸った。

「……そうだなぁ、リッツェリーナの魔石の件と、ザクスハウルのレジスタンスの件、どっちか片方だけなら可能だが、両方は無理だ。あんたがどう思っているかは判らんが、こりゃどっちも骨の折れる仕事なんでな」

「……どちらも骨が折れる、のね?」

 確認するように言ったアルマニアに、ヴィレクセストが顔を顰める。

「あ、嫌だなぁ、そういうところ目敏いんだよなぁ。でもこれ、本当は実際に調べてみないと判んねー情報なんだから、あんま悪用しちゃ駄目だぞ?」

「あら、洩らしたのは貴方の責任よ。私が得たものを私が利用するのに、なんの問題があって? ……尤も貴方の場合、それすらも作為的なものなのかもしれないけれど」

 そう言ったアルマニアに、ヴィレクセストはただ苦笑だけを返した。

「……まあ良いわ。ようはどちらか一つに絞れという話なのでしょう? それなら、レジスタンスの方をお願い」

「…………良いのか?」

 窺うようなその声に、アルマニアはヴィレクセストを睨んだ。

「その“良いのか”は、どういう意味かしら? 故郷の病を治す術の方を優先しなくて良いのか、とでも言いたいの? だとしたら、馬鹿にするのも大概にしてちょうだい。私が目指すのは、この世界に生きる人々の全てを民とする王だと、そう言ったのは貴方でしょう。そして私は、ザクスハウル国を最優先にすると言ったわ。……これ以上ごちゃごちゃ言うのであれば、侮辱とみなすわよ」

 厳しい声で言われたそれに、ヴィレクセストは一度瞬いた後で、深々と頭を下げた。

「悪かった。もうしない」

 必要な言葉だけを短くはっきりと告げたのは、恐らく彼の最大の誠意だろう。それを理解したアルマニアは、小さく息を吐いた。

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