令嬢と最強種 6
ぼそぼそと言われたそれに、アルマニアはまじまじと男の顔を見た。
「私たち人間とは違う、遥か高位の存在であるかのような話をする割に、……貴方、子供っぽいのね」
「うるせー、ほっとけ!」
どことなく恥ずかしそうに叫んだ彼に、アルマニアが少しだけ面白そうに笑う。そんな笑顔に男が驚いたような顔をしたのを尻目に、アルマニアはひとつ頷いた。
「貴方が私の想像以上に強くて頼りになるということと、だからと言って頼りにしてはいけないということは判ったわ。今は、それだけ判れば十分。あとは、次にまず何をすべきかを考えましょう」
「お、話が早いな。それなら、ちょっとついてきてくれ」
そう言った男に導かれて、アルマニアは二階にある部屋の内のひとつに足を踏み入れた。
やはりそう広くはない室内は、落ち着いた色の壁紙と絨毯に、アンティーク調の執務机と本棚が備えられた場所だった。家具は勿論、机に置かれている筆記具の類までもが、例によって部屋の規模に見合わない高級品である。
公爵家どころか皇家が用いる家具にも引けを取らないだろう品を前にしたアルマニアは、思わず男の顔を窺った。それに対し、男はアルマニアを見て笑う。
「部屋は広くないが、あんた専用の執務室だ。勿論王になったら家ごと引き払うことにはなるんだが、それまではこういう場所があった方が良いだろ?」
それを聞いて、アルマニアはようやく気づく。家自体はどちらかというと質素な方に入るだろうに、室内を彩る家具や調度品、消耗品の数々がやたらと高級なのは、全てアルマニアのためだったのだ。
(シャンプーひとつ取っても私好みだったのは、わざわざ私に合わせてくれたのね……)
内心でそう呟いたアルマニアは、次いで改めて浮かんでしまった疑問に、僅かな逡巡のあと、そっと口を開いた。
「……ここまでするほどに、貴方は世界を統べる王を欲しているのね。…………理由を、訊いても良いのかしら」
小さなその問いに、男は一度瞬いたあとで、あー、と言った。
「まず一つ、世界を統べる王欲しさに、ここまでしてる訳じゃねぇ。この家があんたにとって快適な空間になるよう努めてるのは、俺があんたを愛してるからだ。ここはめちゃくちゃ大事なところだから、ちゃんと理解してくれよ? で、もう一つ、俺が王を求めてる理由な。これはまあ、さっきも言った通り、この世界を統一する王を誕生させることこそが俺の役目で、そのために俺はこの世界に来たから、ってのが答えになるんだが……、……あんたはそれじゃあ納得しないよなぁ。だってあんたが訊きたいのは、どうして世界を統一する王が必要なのかってとこだろ?」
そう言った男にアルマニアが素直に頷けば、彼は腕を組んでうーんと唸った。
「……ま、ちょっとくらいなら良いか。あのな、とある諸事情のせいで、今この世界はしっちゃかめっちゃかになってるんだわ。で、そのしっちゃかめっちゃかをどうにか整理整頓して王の誕生を果たさないと、この世界は跡形もなく消し飛ぶ。正確には、消し飛ばされる。そんでもって、これがまたスピード勝負でな。俺が王を生むのが先か、世界が消し飛ばされるのが先かって話なんだよな」
「…………正直に言って良いかしら? 話が大きすぎて、まるで理解が追い付かないわ」
かろうじてそれだけ言ったアルマニアに、男はそうだろうなと頷いた。
「別に理解しなくて良いさ。この辺の話は、俺の方の問題だからな。あんたはただ、王を目指してくれりゃあ良い」
「……そんなに、しっちゃかめっちゃかなのかしら……?」
自分の知ってる世界は、割と秩序だったものだったと思ったのだけれど、と続いた言葉に、男は大袈裟に肩を竦めてみせた。
「何言ってんだあんた。あんたはここのところずっと、そのしっちゃかめっちゃかの一端を目の当たりにしてただろうに」
言われ、数拍考えたアルマニアは、まさか、と口を開いた。
「……サヨが、そうだと言うの……?」
その答えに、男が頷く。
「水鈴小夜の出現に、ザクスハウル国の秘術、それから聖獣の選定なんかもその一環だな」
「……聖獣の選定?」
「ああ。聖獣が水鈴小夜を選んだだろ? ありゃあ結構やらかしたなってレベルのバグだぜ。速度重視の突貫工事で土台を書き換えてる以上、あっちこっちでバグがてんこ盛りなのは仕方ねぇ話なんだが、それにしたってここまで酷いかってのが正直なところだな」
はあ、とため息をついた男を見つめながら、アルマニアは彼の言葉をゆっくりと咀嚼しつつ、未だ混乱が残るままに口を開いた。
「……ばぐ、というのが何かは判らないけれど、つまり、……サヨがこの世界に現れたのも、聖獣が彼女を選んだのも、全部間違いってこと……?」
それでは、アルマニアはその間違いのせいで皇后の座と身分を奪われ、国を追われたというのか。全く何の意味もなく、これまでしてきた努力の全てを否定されたというのか。
(……そんなの、あんまりだわ)
半ば呆然としながらそう思ったアルマニアの中で、行き場を失った悲しみや悔しさ、絶望が溢れ出しては、身体中をぐるぐると巡る。
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