令嬢と最強種 5
さらっと言われたそれに、アルマニアは目を見開いた。想像を遥かに超える強さに、素直に驚いてしまったのだ。同時に、彼女の頭に別の疑問が浮かぶ。
「……そんなに規格外に強いのなら、いっそ貴方が王になれば良いのではなくて?」
尤もと言えば尤もなそれに、しかし男は首を横に振った。
「それじゃあ駄目だ。この世界の生き物じゃない俺が、この世界を統べる訳にはいかない。それはな、理を外れた行為って言うんだよ」
「……だとしても、そんなにも貴方が強いんだったら、貴方さえいれば……」
そうだ。この男が三大国全てに攻撃をしかけ、圧倒的な力でねじ伏せて無力化すれば、世界の統一など容易いではないか。
そんな考えが頭に過ぎった彼女に、男はまるでそれを見透かしたように目を細め、その顔に感情を思わせない笑みを張り付けた。
「良いぜ。あんたが今考えたそれを、実行してやろうか?」
笑うその顔は、確かに笑っているというのに、やはり一切の感情を思わせない。その意味を正しく理解したアルマニアは、小さく息を吐き出したあとで、首を横に振った。
「いいえ。貴方の力は私には過ぎた力だし、そもそもそれは貴方の力であって私の力ではないわ。私自身が力をつけなければ意味がないのだから、貴方に頼りすぎるのは悪手よ。貴方自身も、この世界の生き物でない自分がこの世界を統べる訳にはいかない、と言ったじゃない。それなら、貴方の力を直接的に世界統一に使うことも、またやってはいけないことの筈だわ」
アルマニアの言葉に、男は何も返さない。無言のまま、まるで話の続きを待っているかのような彼を見て、アルマニアは言葉を続けた。
「だから、貴方がするのはきっと、私に及ぶ危害を取り除くことや、あと僅か及ばないときの最後の一押し、それからもしかしたら、決まりきった結果に手っ取り早く至らせる、とか。……そんなところかしら?」
言われ、男は今度こそ素直な笑みを浮かべた。
「プラス、あんたに優秀な臣下ができるまでは、その代わりを担うって感じかね。いやぁそれにしても、さすがは俺の嫁だなぁ。惚れ直した」
「やめてちょうだい。貴方と婚姻関係を結んだ覚えはないわ」
「いやでもその指輪、俺はそういうつもりだったんだけど……」
「ええ、私の王道に力を貸すという契約の証として貰っておきます」
容赦なく言い放ったアルマニアに、男がしゅんとした顔をする。が、彼女はそれを無視し、さっさと話を戻すことにした。
「貴方のその力、貴方自身に何かデメリットはないの? なんでも模倣できる力がいつでも無限に使える、とは考え難いのだけれど」
その問いに、男がぱっと嬉しそうな表情を浮かべた。
「聡明だな、公爵令嬢。何かを模倣する際には、大なり小なり魔力を消費するんだ。大して強くない生物の模倣なら、消費される分を自然回復する分の魔力が相殺してくれるんだが、ドラゴンやらの優良種の模倣となると、結構な魔力を持ってかれるんだよな。だから、強い生き物になればなるほどそうであれる時間が短くなるし、そういうのになったときは大量の魔力を消費するから、強い種に頻繁になる訳にもいかない」
「……私は魔法が使えないから詳しくはないのだけれど、魔力というのは、魔法を使う際に必要となる力のことよね?」
「ああ。ま、この世界の魔法と俺が使う魔法や模倣とじゃ、その機構も源となる魔力も全然別物だけどな」
男はそう言ったが、何かしらの現象を引き起こす際に消耗するもの、という認識は正しいようだ。
「……それって結構なデメリットなのではなくて? 仮に貴方の魔力が尽きたとしたら、その間貴方は何にもなれない訳でしょう?」
首を傾げたアルマニアに、男が笑う。
「そりゃ理屈ではそうだが、セレンストラは持ってる魔力量も規格外だから、滅多なことじゃ魔力切れを起こさねぇ。俺がなれる中でも一、二を争う強さの竜王だって、半日くらいなら問題なく維持できる。それに、そもそも俺自身が模倣なしでも強いからな」
言われ、アルマニアは少しだけ驚いた顔をした。なんとなく、この男の武器は模倣だけだと思い込んでいたが、そういえば王城で兵を無力化したときの彼は、今と変わらぬ人間の姿をしていた。そう考えると、少なくともこの世界においては、彼がわざわざ強い生物を模倣する機会など、あまりないのかもしれない。
そんなことを思ったところで、再びアルマニアの頭の中に疑問が浮かぶ。
「……それなのに、どうしてあのとき、わざわざ竜王になって私を攫ったの?」
アルマニアを連れて逃げるだけなら、大きな鳥にでもなれば良かっただけだし、そもそも姿を変える必要もなかったのではないか。そんな当然の疑問に、男はぽりぽりと頬を掻いた。
「俺がなれる中で、一番強くて見た目が強そうなのが竜王だったんだよ。ほら、見かけだけの模倣だと、それを見抜く奴がいたら台無しだろ? だから、名実共に畏れられるような存在が良かったんだ。竜王クラスの強さを持つ模倣先ならもうひとつあるんだが、あっちは人型だから見た目の派手さが足りないし、炎特化だから、あの場には不向きだったしな」
「質問に対する答えになっていないわ」
「…………そういう存在に選ばれたとなれば、あんたに箔がつくだろ」
観念したようにぼそりと落ちた言葉に、アルマニアがぱちぱちと瞬きをする。
「……つまり、私に箔をつけるためだけに、わざわざ一番強くて魔力の消費も激しい竜王になったと言うの?」
馬鹿じゃないのか、という思いを隠しもせずにそう言えば、男は拗ねたように唇を突き出した。
「俺が惚れた女を馬鹿にしたクソ男に、目にもの見せてやりたかったんだよ。悪いかよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます